凍える鏡     親にはぐれた子どもたちは、どこで冬を越すのだろう?

(2007年/HD/100分)

[スタッフ]
監督・脚本・編集:大嶋 拓
プロデューサー:露木栄司 内山 亮
撮影監督:宮野宏樹
録音:宋 晋瑞 音楽:伊藤ひさ子
絵画制作:加瀬世市 医事監修:熊谷一朗
製作・配給:「凍える鏡」製作事務所

[キャスト]
岡野瞬:田中 圭
矢崎由里子:冨樫 真
秋沢清司:増沢 望
武田真知子:川口節子
吉村:下條アトム
後藤達夫:菊池隆則
矢崎香澄:渡辺美佐子

□「凍える鏡」公式サイト
□「凍える鏡」製作日記

■2008年1月26日〜、東京、大阪、名古屋他にて公開
■月刊「シナリオ」2008年3月号に脚本掲載

都会の片隅で自分の描いた絵を売る青年・瞬と、信州の山荘にひとり暮らす童話作家・香澄。親子以上に年の離れた2人はある日街の雑踏で出会い、いつしか不思議な絆で結ばれていく。瞬は少年のように純な心を持っていたが、幼児期に受けた母からの虐待のため、その精神は不安定で、すぐに怒りを爆発させては周囲と問題を起こすのだった。困惑した香澄は、一人娘で臨床心理士の由里子に瞬の治療を依頼する。カウンセリングを通し、少しずつ心の安らぎを覚え、由里子に好意を寄せていく瞬。だが実は由里子も母親の香澄に対し、密かに充たされぬ感情を抱いていた…。

   

予告編



作り手のコメント

童話作家・矢崎香澄の「原型」が、2002年に亡くなった作家の矢川澄子さんであることや、なぜ自己愛性人格障害を取り上げたかについては、すでに「凍える鏡」製作日記や、月刊「シナリオ」の創作ノートなどに詳しく書いたので、ご興味のある方にはそちらをお読みいただくとして、ここでは、第三番目の存在である、臨床心理士の由里子について、少し書いてみようと思います。

由里子はバツイチの35歳。臨床心理士になって10年で、そろそろスキルアップのために本の一冊でも出したいと考える女性です。頭脳明晰で仕事熱心、容姿だって悪くはないのに、結婚生活はあっけなく破綻、母親の香澄との関係もどこかギクシャクし、パワハラ気味の上司には「空気が読めない」とけなされ、おまけに患者である瞬からは「死ね」とまで罵倒されます。まったくいいところのない、何とも気の毒なキャラクターなのですが、こういう、真面目で一生懸命なのだけれども、なぜか周囲とうまくなじめない、どこにいてもリラックスできないという30〜40代の独身女性が、現実にもけっこういるように思います。

これは何に起因するのでしょうか。すべてを親子関係に帰着させるつもりはありませんが、やはり、親の目を過剰に気にして、いい子を演じてきたことの歪みが、年齢とともに大きくなり、自分で自分がどうにもならなくなっているように思えてなりません。映画の中で、「母親がただひとつ自分を評価してくれたのが絵だった、だから自分は絵を描くことを放棄できない」と涙ながらに語る瞬に向かって由里子は、「もう無理して絵を描かなくてもいい。絵を描かなくても、あなたはあなたなんだから」と諭しますが、それは、自分自身に対してささやいているようにも聞こえます。「由里子、あなたはもう充分がんばったんじゃない。そろそろ楽になりなさいよ」と。

「あなたはあなたのままでいい」という一見軟弱で、向上心を否定するようなメッセージを最近ひんぱんに耳にします。それは、たえざる親、そして世間からの評価に疲れ果てた人たちがいかに増えているかを物語っているとは言えないでしょうか。由里子のようにがんばりすぎて、修復が難しいくらいにくたびれてしまった妙齢の女性を、実際に私は何人も知っています。真に心を解放させる必要に迫られているのは、瞬ではなく由里子ではないのか? 作品の後半、由里子が香澄に対して感情を爆発させるシーンには、そんな意味も込めてみました。年齢的にも近いものがあるし、私が一番思い入れできたのは実は由里子であったということを、ここで申し添えておきます。とは言うものの、作品中のキャラクターというのは、つまるところ、すべて監督の分身のようなものなのですが…。

 DVD発売:2009年6月12日 ジェイ・ブイ・ディー
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