実験室

(2005年/DV/75分)

[スタッフ]
原作:青江舜二郎
脚色・演出:大嶋 拓
撮影:三本木久城 山口 智
照明:丹野重幸(彩の国さいたま芸術劇場)
特別協力:東京大学附属臨海実験所
メイキングエンディング:「オレンジピエロ」
作詞・作曲・歌:るり

[キャスト]
兼近:加藤忠可
深瀬:増沢 望(増澤ノゾム)
営子:以倉いずみ
月子:松井 茜
菅野:鈴木啓文

昭和23年、初夏。戦後の混乱期にあって、化学こそが新しい時代の秩序になると信じ、海辺の実験室で黙々と生物実験に取り組む化学者・兼近。彼の厳然とした生き方を尊敬してきた妻・営子だったが、職業婦人となって外で働くうち、いつしか兼近とは正反対の自堕落な流行作家・深瀬に魅かれていく。そしてある晩、深瀬を伴い帰宅した営子は、決然とした表情で兼近に「ある告白」を始めるのだった…。60年以上前に、人工受精や単為発生といった生命操作に着目し、そこから人間男女の恋愛に鋭いメスを入れた衝撃作。

   

予告編



本編映像(中盤の展開)



作り手のコメント

亡父・青江舜二郎の生誕百年記念作品です。はじめは、実際に公演を打つことも考えたのですが、やはり、形として残るものの方が記念に相応しいのではないかと思い、演劇のライブ感を可能な限り活かした映像作品として製作しました。
原作戯曲の膨大なセリフをいくらか整理し、登場人物も7人から5人に減らすなどして全体をスリム化しましたが、わずか1週間の稽古期間で、ほぼ1発撮りの本番というのはかなりハードだったと思います。しかし役者さんというのはすごいもので、見事にその難行をクリアしてくれました。撮影を行ったのは彩の国さいたま芸術劇場小ホールで、3台のビデオカメラを同時に回して収録しています。


「実験室」を選んだのは、終戦という未曾有の時代状況の中で、「これからの日本人はいかに生きるべきか」という抜き差しならない問題が、それぞれの人物を通して実に活き活きと語られており、ストーリーの運びもスリリングだったこと、そしてきわめて現代的な「人工受精」や「単為発生(生殖)」といった生命操作にいち早くスポットを当てていることに興味を魅かれたからである。ウニの発生実験については、大学の同窓だった東京文理科大学(現在の筑波大学)の丘英通教授の研究室に何度か通い、顕微鏡で生物の発生の様子を観察したり、話を聴いたのがヒントになっているという。興味深いことに、日本で初めての「人工受精」による新生児誕生は、この戯曲が発表された1949年。当時は試験管ベビーのようなハイテクではなく、女性の子宮内にスポイトで直接精液を注入する、かなり原始的な方法だったという。それから半世紀。これまた奇妙な偶然としか言いようがないのだが、この作品を映像化することにした2004年には、何と世界で初めての「単為発生」マウスが東京農業大学の研究チームの手で誕生した。精子を用いず、卵だけで子孫を発生させることは哺乳類では難しいと言われていただけに、このことは大きな話題となり、新聞や雑誌が、「もうこれで男(オス)はいらなくなる?」と書きたてたのも記憶に新しい。とうとう人間にも応用可能なところまで来たということだ。しかし60年も前に、ウニの実験からそんな時代を予測した人間がどれだけいただろう。青江の直感的とも言える先見性には脱帽するしかない。しかも、それだけ化学が進歩しても、それで男女の恋愛が過去の遺物になるかと言えば実際にはそんなことはなく、人間の男と女は相も変わらず、出口の見えない恋のかけ引きに身をやつしている。今この作品を見ても内容に古さをあまり感じないのは、そういう普遍的ともいうべき人間の愚かしさや愛しさもさらりと描いているからではないだろうか。(DVDパンフレットより抜粋)

 DVD発売:2005年6月24日 タクラマカンパニー/新日本映画社