T シューティング(撮影)

映像製作といえば、やっぱりこれがメインということなんでしょう。一般の方にも見えやすい部分というか、でも、実際は時間や物理的な制約も多く、準備段階までが足し算だったとすれば、ここからはどんどん引き算になっていくんですよね。消化試合というと言葉が悪いですが、実際、現場で何かが生み出されていくということは予想以上に少ないものです。まあでも、現場でカメラを回すから作品が出来上がるというのは、まぎれもない事実なのですが…。


 3月28日(日) クランクイン

いつものことだが、初日というのは何とも気が重い。私はメチャメチャ立ち上がりが悪い方なので、今日は思い切りゆるくワンシーンだけにしてあるのだが、それでも憂鬱。でも撮影は始まってしまう(当たり前だ)。
11:30、NCWに集合し、武藤起一事務所を大学の助教授室に見立てて撮る。真奈美が不倫相手の八代にレポートを手渡す、1分程度のシーン。カット割りもなしで、3テイクほど撮って15:30過ぎには終了。毎日こうだと天国なのだが…。
その後清水さん、二村さんとともに池袋に出て、トップシーンで真奈美が着用するややオトナっぽいスリップを物色。数軒のランジェリーショップを回って、そこそこ可愛くてオシャレなものを購入。清水さんとはそこで別れ、二村さんとはさらに家電ショップを回り、車中メイクのためのコードレスドライヤーを購入する。
そのころ、三本木さんと今井くんは、明日から使用する劇用車(シビックシャトル)をピックアップ。夕方、私と石神井公園駅で再合流し、そのまま私の事務所に向かい、制作備品等の積み込みを行なう。劇用車と制作車が同じというのも自主映画ぽくていい。
いよいよ明日は上田ロケ。ここからが本番といった感じである。

 3月29日(月) 撮影2日目(上田ロケ1日目)

天気は快晴。7:00、池袋駅西口に集合。といっても、マクドナルドの前には普通乗用車が2台停まっているだけ。一台は三本木さんの愛車スターレットで、これが機材車&スタッフ車。もう片方の昨日借りてきたシビックシャトルは、劇用車&キャスト車&制作車の一台三役。朝の時点での役者は清水さんと吉永くんの2人だけ(郷田さんとは夜ホテルで合流、以倉さんは明日の昼に現地入りの予定)。スタッフと合わせても総勢7名という超シンプルなロケ隊で、時間どおり池袋をスタート。練馬から関越自動車道に入り、真奈美と達夫が温泉地に向かう一連のシーンを、実際の高速で運転をしながら撮影していく。東部湯の丸インターで高速を降り、浅間サンライン沿いの道の駅雷電くるみの里で上田FCの小林氏と合流。そこの敷地内をお借りしてパーキングのシーンを撮影(写真1)、その間に小林氏と今井くんには警察署に道路使用許可の申請に行ってもらう。その後、くるみの里で昼食。「おはぎ定食」なんていう不思議なメニューがあり、甘党の多田さんはそれを食べていた。
午後は、生島足島(いくしまたるしま)神社の大鳥居前で真奈美が豊に携帯をかけるシーン(写真2)、そして真奈美が運転しながら父のことを語るシーンをほぼシナリオ順に撮っていく。しかし旅気分はここまで。その後は上田女子短期大学を借りて、テスト中の教室、廊下、校舎の外といった大学シーンの一連を撮る(写真3)。道路関係の撮影が延びたため、現地のエキストラの人たちを1時間近く待たせてしまい、何とも心苦しい限り。でも、みなさんとても協力的で、感謝また感謝であった。16:00過ぎ、ひととおり撮影終了。本日の時点ではまだ撮りこぼしはなしで、少しほっとする。
その後、本日の宿泊先である西洋旅籠館(不思議なネーミングだ…)に向かい、チェックインして少しくつろいだ後、私の部屋で真奈美のナレーションと今日の前半に撮った車内シーンのオンリー(音声)録り(写真4)。19:30、夕食。道路混雑のため、郷田さんの到着は予定より遅れ、ほとんど全員の食事が終わったころの駆け込みとなる。一同改めてビールを注ぎ直して乾杯し、明日の無事を祈るが、テレビから流れてきた「天気は下り坂」との気象予報に、一抹の不安がよぎる。
なお、このホテルには天然温泉「ひな詩の湯」が付帯しており、温泉好きのキャスト、スタッフには好評だったようだが、私にはとてもそんな余力はなく、明日撮るシーンの段取り確認の後、そのまま寝てしまう。どんな状況でも、もう少しその「場」を楽しむ精神的余裕がほしいものだと思うのだが…(後で聞いたところでは、三本木さんも、テレビをつけたまま爆睡してしまい、温泉には入れなかったという。同類なんでしょうか。苦笑)。

 3月30日(火) 撮影3日目(上田ロケ2日目)

7:00、朝食。8:00、ホテルのロビーに集合し出発。天気予報の通り、雲が垂れ込め、太陽は隠れがち。それでも、何とか昼間は持つらしいので、予定通りラストの一連を撮り始める。雲間からは時おり太陽も顔を出し、何とか晴天の雰囲気で、真奈美と豊の別所温泉駅での再会、2人が田舎道を歩くシーン(写真上)、そして八木沢駅での別れを順に撮っていく。真奈美が電車に乗り込むシーンは、ホームに残る豊側と、カメラも一緒に乗り込んで撮る真奈美側の、それぞれほぼ一発勝負(写真中)。何しろローカル線なので、30分に1本くらいしか電車が来ないのである。その2カットを撮るだけで1時間が泡のように消えてしまうのだ。しかも停車時間はわずか10秒! 一応撮影許可は取っているのだが、ダイヤの関係もあるので発車を遅らせることはできないらしい。結果、いろいろと不備もあったものの、どうにか1回ずつでそれぞれのカットを撮り終える。電車内のカットでは、車窓からカメラの方に向き直った清水さんの瞳が、心なしか潤んでいたのが印象的だった。ひとつ先の舞田駅で下車し、電車に乗り込んでいだ面々は、単線の線路を歩いて戻る。まさに「スタンド・バイ・ミー」の世界(写真下)。
ラストの一連が終わったのが12時過ぎ。新幹線で長野入りした以倉さんも撮影隊と合流、一行は午後の芝居場である古アパートに向かって車を走らせるが、どうしたことか、その途中みるみる空が暗くなり、リハーサルを始めた時には、早くも雨がぱらつき始める。「昼間はもつって予報でも言ってたのに!」と頭を抱える私ほか9名。しばしアパート内で様子を見るが、雨はどんどん本降りになってやむ気配もなし。急遽スタッフ会議。橋のたもとのシーンは見切ってアパート外のみ強引に撮るという話にもなるが、前後のつながりが心配との意見が出て却下。日を改めて上田にもう一度来るという案も出たものの、結局これも却下となり、アパート外の一連は、明日室内のみ撮る予定だった宮澤氏アパートの外を使って撮影、橋のたもとについては都内でイメージの似た場所を探し、4月4日に撮影するという方向で話がまとまる。この「恨み雨」のせいで貴重な地方ロケは半日まるまるつぶれ、真奈美が豊と再会するシークエンスと、帰り道の真奈美と達夫の車内シーン、合わせて計5シーンがこぼれてしまった。はるばるやって来た以倉さんはまったく出番なし(メイクまでしたのに…)。一体何のために来てもらったのだろう。もろもろのダメージ大きく、ただただ落ち込む。
日没を待たず一行は上田を引きあげるが、帰りは渋滞がひどく、東京に戻ったのは21:00過ぎといいとこなし。しかし、現場のそんな混乱を知る由もなく、明日のための餃子制作班(増田さん&今西さん)は、予定どおり今井くん宅で餃子の仕込みを進めていたらしい。

 3月31日(水) 撮影4日目

7:30、西武新宿線上石神井駅に集合し宮澤氏のアパートへ。昨日とはうって変わって上天気、だったが、午後から曇ってくる。どうも天候が安定しない。スタッフ、キャストが到着するのと入れ替わりに宮澤氏は仕事に出かけ、彼の住み慣れた部屋は、あっという間にロケセットと化す。真奈美、豊、達夫、美鈴が水餃子を食べるシーン(写真上)からスタート。餃子担当の増田さんもスタンバイし、本番のタイミングに合うように餃子を茹で始める。このシーンはやたらと長く、シナリオで5ページもあり、割りも細かく全部で16カット。そういうシーンで飲食がからむというのは、なかなかに面倒臭いのである(前のカットと次のカットで、食べた量や手の位置が合致していなければならない、湯気が常にあがってなければならない、等々)。そういう意味で、今日だけ消え物担当が現場にいてくれたのは正解だった。肝心の手作り餃子も、なかなかに好評であったようだし。また、このシーンの目玉と言うべき、豊をめぐる真奈美と美鈴の女のバトルも、「牡丹と薔薇」まではいかないものの、なかなかの迫力で撮り終えることができた。しかし、本当はこのシーンだけで1日たっぷりかけるはずが、昨日の撮りこぼしのため、その前後のシーン3つを、日没までに撮らなくてはならず、後半はかなり巻き巻きになってしまう。餃子シーンを終えたのが15:00過ぎ、その後すぐアパート前に車が着くシーン、ドア前での真奈美と美鈴とのいさかい、そして真奈美と達夫が部屋から駆け出してくるシーン(写真下)を慌ただしく撮影。光との戦いになってしまうと、演技のよしあしよりよりも、撮り終えることばかりが現場全体の目標になってしまうのがどうにも辛いところ。結果あがったシーンも、もっと時間があれば、と悔やむところが大きかった。これは俳優陣、そしてカメラマンを初めとするスタッフも同じだったと思う。しかし、同時にちょっといいエピソードも。ドア前のシーンで、部屋から出てきた豊が美鈴に対し、中国語で、真奈美のことを「自分の娘だ」と紹介するセリフを急遽付け加えることになったのだが、それを実際に中国語でどう言うのかわからず困っていると、そこに居合わせたスタッフ、キャストが一斉に携帯電話で知人、友人と連絡を取り始めたのである。そして間もなく中国語に詳しい吉永くんの事務所のマネージャーと連絡がつき、無事にそのセリフを画面に収めることができた。これはアップ直後に郷田さんが、印象に残ったエピソードとして語っていたが、まさにスタッフとキャストの気持ちがひとつになった瞬間であった。少人数のクルーならではの一体感が、このころから現場を包むようになっていったと思う。18:00を少し回って撮影は終了、明日は念願の撮休である。

 4月1日(木) やっと撮休、でも…

撮影に追われているうちに年度が変わり、世間では今日から消費税が内税表示になったり、営団地下鉄は「東京メトロ」にリニューアルしたり(個人的には営団のマークの方が好きだったのだが…。写真→)。どうでもいいが今日はエイプリールフールでもあるのだが、最近は、この日だからって嘘をつくなんて人はほとんどいないような気がする。
三本木さんと13:00に新宿で合流し、彼の車で、明日のためのラブホテルと、4日のための松井宅周辺ロケハン。先日下見をした谷保のラブホ「P」は内装が上品すぎるため、「いかにもラブホ」と業界的にも評判(?)の大久保の「F」を内見するが、ここの女性従業員の態度が最低最悪で、「窓を開けるな」とか、「壁の色がどうのとうるさく聞くな」とか、いちいちこっちに突っかかってくるため交渉決裂。よって、明日のホテルシーンは、2つとも「P」で撮ることに決定。その後、松井宅に一瞬立ち寄り、三本木さんに部屋を見せる。また、先日撮り損ねた橋のシーンの代替地を、松井家から比較的近い清瀬や保谷の川べりに足を伸ばして探すが、どこも桜が満開でとても使えない。さらに足を伸ばした末、東所沢の裏通りに、あまり人が来ない路地とひなびた神社を見つけ、そこの地主さんに話して使用許可を取る。

 4月2日(金) 撮影5日目

10:00、キャスト、スタッフは新宿スバルビル前集合。私は谷保のラブホテル「P」にひと足先に入り、このホテルで唯一といっていい壁紙やソファの派手な部屋(303号室)と、それとは対照的にシティホテル風の大人しめの部屋(404号室)の2つを押さえる。途中、山手線が人身事故で止まり、集合に遅れそうだとの連絡が清水さんから入りあせるが、間もなく復旧したとのことで、大した遅れもなく11:00前には一同「P」に到着。午前中は303号室で、記念すべきファーストシーンを撮影。真奈美のナレーションから始まるけだるい朝のシーンを、どう撮るべきかでかなり悩む。何しろトップシーンというのは、その作品のムードをある程度決めてしまうものなので、慎重にならざるを得ないのである。真奈美の寄りからのトラックバックやズームバックなど、いろいろなパターンを三本木さんに試してもらうが、結局、ワンカットはあきらめ、寄りと引きの2カットで行く。これが最良だったのかは、まだ編集を始めていないので何とも言えないところ。八代役の酒井さんはこれでお疲れ。午後からは吉永くんがセットに入り、「天然温泉付きラブホテル」に見立てた303号室で、真奈美と達夫のからみ(といってもきわめてソフトな奴)を撮っていく。これももはやお約束だが、ドラマでは夜→朝の順なのだが、実際は朝→夜の順で撮影。夜→朝を撮ろうとすると、実際に一泊しなくてはならないので。前半に撮った朝のシーン(写真上、中)では、これまで私と、演じる吉永くんの間で今ひとつ一体化していなかった達夫のイメージが、初めてきれいにひとつになり、ある種の爽快感を覚えた。もっと事前にキャラクターを詰めておけばよかったね、とお互い(後日メールで)反省。この前後にも彼からは何度か役についてのメールをもらっており、役作りにすごく真面目なんだなあと思う。対する清水さんとは、そういったやりとりはほとんどしなかったのだが、その必要がないくらい、彼女は普通に真奈美だった。演じるというよりは、真奈美としての時間を生きている、真奈美として、いろんな出来事に身を任せ、その結果として話したり行動したりしている、という感じ。だから、こちらは安心して見ていられ、少し気になったところを修正するだけで大丈夫なのである。もちろん、演じ方にどれが正しいということはなく、考えるタイプや感じるタイプ、いろいろあるということだ。話がそれたが、気になる夜のシーン(写真下)は、まあ、こんなもんでしょうかって感じで終了。どうも、キスシーンとかっていうのは演出に自信がない。何かスマートに行かないのである。大いに反省。ホテルを出た後は、これまた上田で撮りこぼした、ラブホテルに入る手前の車中シーンを、新奥多摩街道にて撮影。終了は21:00近く。近くのファミレスにて食事をして解散。この日は吉永くんがご自慢の愛車で現場入り。いろんな意味で一同の注目を浴びていた。

 4月3日(土) 撮休、ていうかロケハン

私、三本木さん、そして今井くんの3人で11:00に高田馬場駅に集合し、西東京市の松井宅から東所沢の裏路地への最短ルートを、実際に走ってみつつ確認。明日でクランクアップさせるには、少しでもロスタイムを省く必要があるからである。途中立ち寄った団地商店街の食堂は、昭和の名残満載でなかなかであった(写真参照)。外は汗ばむほどのぽかぽか陽気で桜はまさに今が満開。気分は花見がてらのドライブである。しかし、天気予報では、またしても明日は雨との恐ろしい予報が…。万一に備え、郷田さんの芝居が初日を迎えた直後の4月8日を予備日とし、あとの御三方のスケジュールをあけておいてもらうよう各所属事務所に依頼しておく。

 4月4日(日) 撮影6日目


昨日の暖かさは何だったのか。悪夢のような冷たい雨が明け方から降り始め、当初の予定はすべて崩れる。朝5:00の時点で、例の橋のシーン19は中止と宣言、6:30に西武池袋線ひばりが丘駅集合だったのを9:00集合に変更する。待機しててもらった吉永くん、以倉さんには「今日はなしです」と通達。今日ですべてケリをつけたかったのにと心底げんなりする。でも、げんなりしてもいられない。今日も大事なシーンが沢山あるのだ。まずはひばりが丘から各駅停車に乗って、早朝の電車内で真奈美が眠っているシーンを撮影(写真上)。清水さんはこの電車が実際の生活路線とのことで、友だちに遭遇するかも、と苦笑していた。
電車のシーンをさくさく終えてロータリーに戻ると、すでに郷田さんも到着。上田ロケの時同様、愛車のアルファロメオでの現場入りであった。今回の大嶋組は、何か車にこだわりを持った人が多いような…。その後、谷戸町の某集合住宅前に移動して、真奈美が帰宅して豊と出くわすシーン、および、部屋から出てきた豊を真奈美が見送るシーンを撮る。昨日は気温が20度くらいまであがったのに今日は雨交じりでせいぜい5、6度。まさに真冬の寒さで吐く息も白く、作品の季節にかなり近い雰囲気での撮影となった。
その後近くのファミレスで昼食(このごろファミレスが多い。何かロケ隊ぽくないなあ)。13:00、松井宅に入り、マンション内のシーンを始める。松井奈々子さんは前にも書いた通り、かつて私の作品に何本も出てくれた人なので、撮影の段取りもわかっており、予想以上にいろいろと現場をサポートしてくれる。まあ、こっちも昔のノリでずいぶん図々しく頼んでしまったのだが…。真奈美と豊が話す朝のシーン(写真中)が16:00過ぎに終わって、ほぼ入れ替わりで母親役の松永麻里さんと、妹役の内藤紅(あかね)さんが現場入り。家族4人が揃うシーンは本編中にはないのだが、折角だからと松井宅のデジカメを借りて一家の集合写真を撮る(写真下)。まあ、こういうのも意外に何かで使えるかも知れないので。引き続き夜の夕食シーンを撮影。またまた消え物オンパレードで、この日は今井くん、二村さん、そして松井さんの3人が炒め物やサラダを作ってくれた。最後に真奈美が達夫に電話をかけているシーンを撮って、19:00過ぎに撮影は終了。
その前あたりから、松井さんと内藤さんが何か奥の部屋でごそごそやってると思っていたら、なんと内藤さんがレギュラーモデルを務めているファッション雑誌「ニコラ」(新潮社)を松井さんの長女が愛読していることがわかり、内藤さんにサインをせがんでいたのだった。いやあ、こういうことってあるんだなあ。
冷たい雨が降り続く中撤収を終え、清水さんとは8日の再会を約して別れる。しかしすでに次の仕事がフィックスしていたメイクの二村さんとは今日でお別れ。彼女も最後まで現場にいられず残念そうであった。その後私と三本木さん、多田さんは、今日借りるはずだった裏路地の地主さんのところに向かい、シーン19の撮影が雨で8日に延期になった旨を伝えに行くが、何と8日は、家の裏の神社でお祭りがあり、神主や氏子が多数車で来てにぎわうため、撮影は難しいという。え、マジっすか? また場所を探さなくちゃいけないの??
あのシーンに関してだけはあまりについていないこと続きで、げんなりして帰路に着く。シーン19は、まさに重苦(じゅうく)だということか。

 4月5日(月) 歩いてロケハン

昨日とは一転、まさに春爛漫の快晴となる。かえすがえす天気の気まぐれが恨めしい。8日に撮影がずれ込んだことを、改めて各俳優のマネージャーに連絡し、調整を頼む。そしてまた、8日は東所沢では撮れないことがはっきりしたので、新たにロケ場所を探すことに。しかし今日と明日は三本木さんが他の仕事でNGのため、私が単独で、そして徒歩で近所を回ることにする(車も原チャリも持ってないので)。まずは登戸周辺を流れる野川付近を探るが、川沿いはあらかた満開の桜並木でほとんど使えず。しかし歩いていくと、わずかに桜の植わっていないエリアが中野島の方にあり、そこには古いアパートなども数軒建っていて、かなりくたびれた景観。しかも、枯れ草が川の近くに広い範囲で群生しており、それを入れ込んで撮れば冬に見えなくもない。ここを候補地のひとつにするか、などと考えていると、清水さんのマネージャーから電話が入り、8日は14:30くらいから都内で次の作品の顔合わせが入るとのこと。逆算すると、13:00すぎには撮影を終了させることが必須で、かなりタイトなスケジュールになりそう。
いろいろと気が重かったが、1、2本目の撮影素材を通し見(初日から3/31の途中まで)。

 4月6日(火) やっぱり歩いてロケハン

一応自分の誕生日。でも何ごともなし。先日マンションを貸してくれた松井さんからメールでグリーティングが届いたくらい。昨日にひき続き、近所を歩き回ってロケ場所探し。以前住んでいた狛江の周辺を歩いていたら、駅からすぐのところにある泉龍寺の脇の弁天池が、かなり田舎びていていい雰囲気。ただ、上田に見えるかと言われると自信がないが。帰宅後、3〜5本目の素材の通し見(3/31の後半から4/4まで)。

 4月7日(水) 今日は車でロケハン

13:00、三本木さんと合流、明日のためのロケハン開始。初めに、昨日とおとといで私が見つけた2箇所を案内し、次いで、深大寺や玉川上水の方まで足を伸ばす。どこもかしこも桜が散りごろで、新緑は目にまぶしく、まさに春真っ盛りの風景。冬のシーンが撮れそうな場所はなかなか見つからない。たまたま見つけた深大寺近くの諏訪神社は、適度にひなび、また桜がないなど条件はよかったが、駅から遠すぎ、車移動で思いのほか時間を取られる恐れがあるため見送りとなる。結局、昨日見つけた狛江の弁天池で撮影することに決め、三本木さんは帰っていく。しかし予報を見ると、またしても天気は下り坂とのこと。夕方まではぽかぽかしていい天気だったのに、「明日の明け方から午前中にかけて雨が降る」という。まったく、一体どこまで雨に祟られるのか。もし午前中いっぱい雨だとすると、清水さんは午後には次の予定が入っているわけだから、またしても撮影は不可能ということになる。しかし、もうこれ以上予備日は取れないし、周囲の景色もどんどん春めいてくるし…。本当に撮り終えることができるのか?と、ヒジョーに暗い気分で床に就く。

 4月8日(木) 撮影7日目(クランクアップ)

朝5:00前に起床してみると、予報どおり雨が!しかも思ったより強く降っている。清水さんから「やるんでしょうか?」との電話が入るが、もうこれ以上引き伸ばすのは無理と判断し、決行を伝える。8:00、小田急線狛江駅集合。そのころにはどうにか雨があがり、空の明るさも安定。一同ほっと胸をなでおろす。伸びに伸びた因縁のシーン19を弁天池のほとりで撮影していく。とにかくいろいろケチのついたシーンであり、これはもしや、このシーンは撮るなという天のお告げか?などと考え始めていただけに、シナリオを改めて読み直してみたところ、どうも真奈美の突っ込みゼリフが多い。そこで、そのいくつかを削除して、割りも、当初上田で撮る時に考えていたのよりシンプルにする。といっても10カットだから、私にしては多い方なのだが。とっくに撮っているはずのシーンだったせいか、役者さんもほぼ完璧にセリフが入っており、撮影はスムーズに進む。豊が長ゼリフを喋っている途中で池の鯉がポ゚チャリと跳ねたりと、それなりに風情のあるひと幕も。後半は、天気が回復しすぎ、逆に曇りを待ってカメラを回すなど、最後まで天候には振り回されたが、12:00すぎ、どうにかこうにかクランクアップ。メインの4人(清水、吉永、以倉、郷田の各氏)が揃うシーンだったため、終了直後の感想をインタビューに収め、記念写真も撮る。その後、駅近くのファミレス(またか!)で昼食を取り、そこの駐車場で役者さん4人にミニミニ花束をお渡しして解散。彼らはそのまま電車で都心に戻っていき、私とスタッフは、制作備品やカメラ、録音機材、車などを二手に分かれて返却して回る。
無事に終わったから書くのだが、今回の作品で一番心がけていたのが「怒声、罵声の飛び交わない、なごやかな現場の実現」だった。どうも映画の撮影というと、よく言えば運動部、悪く言えば軍隊のようなぴりぴりした空気が全体を支配してしまいがちなのだが、今回はそういう空気を追放しようと試みたのである。実は、そんなことを言っている私自身も、現場では知らぬ間に暴君的になってしまい、周囲に八つ当たりして雰囲気を悪くしていることがしばしばあるので、自戒の意味も含めての決意であった。いろいろ思い通りに行かないことが多いのは撮影の宿命みたいなもので、それをいちいち当たり散らしては、場の空気はますます悪くなるし、当然俳優の演技にも影響が出る。いいことは何ひとつないのだ。そして今、7日間の撮影を振り返って、とりあえずその課題がクリアされたことを心から嬉しく思う。もちろん、こちらの希望を汲んでくれた、懐深いスタッフ諸氏の力添えの賜物であろう。今回スタッフを選ぶに当たっては、実はそういうことも考慮に入れているので、キャストの方たちが、この現場には「まったり系」のスタッフが多いと思われたのも、ある意味当然のことなのである。
すべて終わったのが19:00すぎ。三本木さん、今井くんとファミレスで最後の夕食を取って別れる。みなさん、本当にお疲れ様でした。

 4月9日(金) 戦いすんで…

アップしたというのに、まだ気持ちが高揚しているせいか、5:30くらいに目が覚める。大層しんどい。昨日撮った素材の通し見。また、役者さんたちの事務所やプロデューサー諸氏に、無事アップしたとの報告を入れる。

 4月10日(土) 「蕨野行」観覧@入間

15:30、NCWへ。早くも新年度がスタートし、今日は映像トレーニングコースの初回レクチャー。過去の作品や、今回の未編集素材などを一部見せつつ、「デジタルシネマ」の概要を語る。
19:00、ユナイテッド・シネマ入間にて清水さん主演の「蕨野行」を、吉永くん、以倉さんとともに観覧。上映前に本人の挨拶もあったが、地元ということもあり、抱えきれないくらい多数の花束が差し出されていた。それに感激して、彼女、涙を見せる一幕も。映画の方は、まさに恩地日出夫監督渾身の一作といった感じ。四季折々の自然の情景や村人たちの暮らしのディテールを見るにつけ、家庭のビデオではなく、スクリーンで味わうべき作品だと強く感じた。「おばばよい…」で始まる、しっとりした清水さんのナレーションも心地よく耳に残る。
帰りは吉永くんの車で家まで送ってもらう。彼と私の家が予想外に近いのにはびっくりであった。

 4月11日(日) わずか3日で…

領収証を項目別に分け、現場費の計算。予想より少しだけオーバーしたものの、思っていたほどではなくひと安心。
18:00、新宿シアタートップスにて、郷田さん演出の舞台「コックは踊る!」(ひらり、空中分解。[仮])を観覧。舞台は1964年、東京オリンピック開催中の選手村食堂で、私好みの昭和懐かし系。お話しの方も、タイトル通りコックが歌い、踊り、叫び、笑い、泣く、かなりエンタテインメント性に富んだお芝居だったと思う。そして終演後にロビーで会った郷田さんは、うらぶれた真奈美パパの印象をもはや完全にぬぐい去って、精悍な演出家の顔になっていた。そう、現場は確実に過去のものになろうとしているのだ。

 

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