怪異!蜂天国(長野)
地球はおかしい、というのは多分みんなが感じてることなので、今さら繰り返してもしょうがないのですが、それにしても今年(2003年)の夏は何だったのでしょう。8月終わるまで冷夏で、9月に入ったと思ったら気が狂ったみたいに暑くなって…。9月の15日過ぎて気温が34度?? まともじゃないです。暑さにめっきり弱い私は完全にダウンして、長野県の黒姫にある山荘(水道も引かれていない掘っ立て小屋です)と東京を行ったり来たりして過ごしていました。


 これがスズメバチ。巣作りの真っ最中


そんな時、たまたま夕方のニュース番組で、スズメバチの駆除特集をやっているのを見ました。そう、最近では都会にも進出し、毒のある針で人を襲うというあの凶暴なスズメバチです。私も小学生のころ、山荘のベランダの天井に大きな巣が作られていたのを見た覚えがありますし、別な年には、地下室に巣を作っていたハチどもに急襲され、足先と太腿を刺され痛い目にも遭っていますから、スズメバチの生態や駆除には少なからず関心があります。最初に流れた映像は、防護服に身を包み、殺虫剤を撒きながら蜂を退治する便利屋のリポート、まあ、こういうのは昔実際に見たことがある光景なので、それほどのインパクトはありません。しかしその次に紹介されたある人物は、言いようのない衝撃を私にもたらしました。彼の名は塩澤義國。塩澤氏は、前に出てきた便利屋と同様、近隣の民家から依頼を受けてスズメバチの巣を駆除するのですが、巣を壊したり捨てたりはせず、蜂も生かしたままで持ち帰り、その蜂に、芸術作品を作らせるというではありませんか。これだけ書いても意味不明ですが、蜂は、巣と巣をくっつけて置いておくと、その間のくぼみを埋める性質を持っているため、それを利用して、富士山や新幹線、スペースシャトルといった形態の巨大蜂の巣を造営させているというのです。そういった芸術作品だけを展示した博物館を開館しており、その名も「蜂天国」。テレビでも館内の様子が少し流れていましたが、まさに異様な光景です。
しかし、こういう、何かに取り憑かれたような、他人には決して理解し得ない不可思議な情熱に浮かされて人生を送っている人が、私は大好きなのです。しかも、場所もうちの山荘があるのと同じ長野県。もう、矢も盾もたまらず、その「天国」をこの目で見たくなり、早速その翌々日の9月7日、胸を高鳴らせつつ蜂天国に向かいました(こういうことが許されるのが自由業のありがたいところです)。

蜂天国は、長野県の東部町というところにありました。長野といっても、山荘のある黒姫はほとんど新潟ですから実際はかなり離れています。車だと東部湯の丸インターが近いのですが、私は車がないのでローカル線「しなの鉄道」の滋野駅から歩いていきました。以下はそのレポートですが、まあ、言葉であれこれ説明するより見ていただいた方が早いので、写真で一気にお目にかけましょう。


入り口では廃タイヤ製の恐竜がお出迎え 巨大蜂のモニュメント。後ろはセメント工場
   
館内には所狭しと無数の蜂の巣オブジェが… H・Rギーガーを思わせる魅惑的なフォルム


この「蜂天国」は、これまでもかなり多くのメディアで取り上げられていたようですし、もしかすると私が思っているより有名なのかも知れません。テレビなんかは特にこの手の「とんでも博物館」や奇人変人を紹介するのが好きなようですから…。そういうパブリシティのせいもあってか、私がここに滞在していた2時間の間に、数組の団体バスが往来し、観光客が「鑑賞」をしに訪れていました。しかし彼らは、ものの10分もするとまたばたばたと、まさに働き蜂のように去っていきます。まあ、旅行スケジュールの関係でやむを得ないのでしょうけど、もっとゆっくりじっくり、蜂の労働の成果を見ていけばいいのに、と思えてなりませんでした。


富士山だけに3,776メートル!
手前はギネスブック認定証
2001年にはスペースシャトルにチャレンジ。
なかなかの造形美
  

スズメバチはぶら下がっているものなら何にでも巣を作ると言いますが…


トロフィー、扇風機、犬の置物に蜂の巣? 館内を進むにつれ次第に意味不明な世界に


きわめつけはこれ。蜂は自分からは刺さないことを証明するため、
体に蜂蜜を塗って蜂と戯れる塩澤氏(もはや変わりものというより
世界びっくり人間です)


観光客が去ったあと、しばし閑散とした館内で、館長さんをしておられる女性の方にいろいろお話をうかがいました。塩澤氏は地元でセメントの会社を経営している実業家で、現在も代表取締役を勤められているとのこと。したがって仕事の方も現役なのですが、蜂の巣づくりがピークを迎える7〜9月は、本業そっちのけで蜂の巣集めに奔走しているそうです。その日も、かなり遠出をして蜂の巣取りに出かけているとのことでした。
私は、蜂の巣のオブジェ群からそれほど芸術的なものは感じませんでしたが(だって蜂はそういうつもりで作ってないでしょうし)、何より、塩澤氏のスズメバチへのあくなき情熱が濃厚なオーラとなって、館内全体を覆っているのは体感できました。
人間て、やっぱり、燃えながら生きないと人生面白くないんじゃないでしょうか。それがはたから見てどんなに奇妙なものだったとしても、その人にとっては宝であり、人生そのものと等しいくらいの価値を持つ「何か」、それに巡りあえた人は幸せです。


塩澤氏と感激の対面!


そんなことを考えていると、当の塩澤氏が戻ってきました。しかし、これからまた別なエリアの蜂の巣取りに出かけるということで、ほとんどゆっくり話すことは出来ませんでしたが、1日に3、4箇所を車で回り、ほとんど一人で巣集めをするその姿はまぶしいばかりです。ただ、増築に増築を重ねた蜂天国も、さすがにもうスペースがいっぱいなので、来年以降巨大蜂の巣を作り続けるかどうかはわからないとおっしゃっていました。
ところで、よくよく考えてみれば、この「蜂天国」の蜂たちは、本来の巣があった場所からはるばるここまで連れて来られ、オブジェ作りというやや不本意な労働をさせられているわけで、ここを楽園だと感じているのはおそらく当の塩澤氏のみ、そういう意味では、「蜂天国」よりは「塩澤天国」といった方が正しいのではないか? と大真面目に考えてしまいました。ただ、その名前だと何だかわかりませんけど。ちなみに、長野県には他にもうひとつ、やはり巨大蜂の巣を展示しているハチ博物館というのが上伊那郡中川村にあります。ご興味をもたれた方はそちらも是非どうぞ。ちなみに私は、今はもうおなかいっぱいって感じです。

蜂天国のホームページ


 おみやげは「蜂のひと刺し」。蜂蜜に
 スズメバチが漬け込んであります

追記 そうそう、蜂天国で、すいぶん蜂の生態も勉強しました。スズメバチの一年間をごく簡単にまとめますと、最初は、4月くらいに越冬から目覚めた女王蜂が単独で小さい巣を作り、そこで生まれた働き蜂がだんだん増えると、巣作りは次第に働き蜂に任せ、女王蜂は産卵に専念するようになります。ちなみに最初のころに産むのは全員働き蜂で、働き蜂というのはすべてメス、刺すのもメスだけだそうです。夏くらいになると巣も大きくなり、そのころから女王は次世代のため、新女王とオス蜂を産むようになります(自然のプログラムって凄い!)。そういう時期であるため巣全体もピリピリしており、人間が巣に近づいて刺されるのもこのころが多いとのこと。なお、この時期に生まれるオスはコロニーには参加せずほとんど種馬(種蜂?)の役目のみ。どっかよその新女王蜂と交尾するためだけに生まれ、それが終わると一生も終わりだそうです。哀れ…。でも、春以来出産しまくってきた女王蜂も、秋には力尽きて死ぬし、働き蜂も寿命は1ヶ月だっていうし、それを思うと、生命とははかないものです。とはいえ、その短いサイクルでしっかり子孫を残す仕事をしているわけだから遺伝子の力は偉大というか。そういうわけで、蜂の巣は秋にはすっかり空になってしまい、リサイクルはされないそうです。




どうも、昔から昆虫好きなもので、こっちの話になるといくらでも話が長くなってしまいます。私も20年後には塩澤氏のように「タクラマ館」に「蜂天国」を増設しているかも知れません。なお、今回のタイトルは「仮面ライダー」第8(蜂)話「怪異!蜂女」(1971年5月22日放送)にちなみました。
(2003/09/30記 「月末備忘録」用に書き下ろしたものを一部修正)


コラムと旅行記へ
TOPページへ