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出川香澄さんのこと (7月)
上に掲げた写真は、以前からお気にいりの1枚で、長く私の部屋にも飾られていたものです。物憂げな澄んだ瞳が真っ直ぐこちらの視線を射抜くようで、いつまでも見つめてしまう不思議な魅力に溢れています。でも彼女は別にモデルでも女優でもありません。むしろ撮られるよりは撮る側、そう、私が出会った時は、日大芸術学部の写真学科を卒業して、カメラマンとしての一歩を踏み出したばかりでした。 そのころ映像製作にも興味を持っていたらしく、武藤起一氏の映画製作講座(NCWの前身)に通っていた関係で私と知り合ったのですが、初めて会った瞬間、その妖しく艶やかな風貌と瞳の美しさに魅せられてしまい、ほとんど初対面で、いきなり写真のモデルをお願いしたのです。 撮影は96年の2月。上の写真も、その他のポートレイトも、千葉にある彼女のお宅にお邪魔して撮らせてもらったものです。撮るのは得意でも、撮られるのは苦手だという彼女は、確かに表情もポーズもぎこちなさげでしたが、それでも、並ではない眼差しの力と存在感を、フィルムにしっかりと焼付けてくれました。 実はそのころ私は、映像個展と併設した初めての写真展を控えており、引き伸ばし機を購入して自分で白黒写真を焼くことを考えていました。彼女はもともとそっちが専門だったので、どんな機種を買えばいいのか、どんなペーパーが使いやすいか、などの相談にも乗ってもらい、何とその写真展では、飾りつけや受付、撤収まで手伝ってくれました。モデル、アドバイザー、そして当日スタッフと、まさにその時期彼女は、私の写真のよきナビゲーターだったわけです。 彼女はその外見は大変クールですが、話をしてみると案外ふにゃっとしており、身構えたところもなく、そのときどきの自分の感情に素直に生きているという感じでした。しかし同時に、これは生い立ちがそうさせたのか、どこかで人生に対して諦観を抱いているようにも見えました。淋しげではないが、どこかはかなげな人―それが、そのころの彼女の印象です。 ![]() ![]() その後、直接やりとりをする機会は減っていったのですが、ガーディアンガーデンの一坪展に連続入選したり、ファッション誌などを中心に少しずつ活動の場を拡げているという話は聞いていました。武藤氏が99年にプロデュースした「アベックモンマリ」のパンフ写真なども手がけており、私も次の映画では、スチールの仕事で声をかけてみようかな、などと気楽に考えていたのです。 あれは、2001年の7月でした。中国雲南省でバスの転落事故が起き、日本人の女性カメラマンが死亡したというニュースを耳にしました。名前に聞き覚えがある気がしてネットで記事を確認したところ、「フリーカメラマン・出川香澄さん」と、間違いなく彼女の名前がありました。 1972年生まれの彼女は、その時まだ29歳。撮影旅行の途中の事故だったといいます。 それから1年後、つまり去年の夏、銀座のコダックフォトサロンで彼女の追悼写真展が開かれました。彼女は学生時代から旅をしながら、ヒッピーやその土地の人たちの生活に密着した作品を多く撮っていたのですが、展示された写真からは、彼女の瞳に映ったであろう情景が実に生き生きと、その場の臨場感とともに浮かび上がってくるのでした。それは、私が彼女に対して勝手に抱いていた、はかなげな印象をくつがえすものでした。 「ああ、彼女はたしかに生きていたんだなあ」 と、改めて思いました。 おそらく、人生とともに旅があり、旅とともに写真があると、彼女自身も感じながらシャッターを切っていたのでしょう。それがまさか、こんなにも早くその旅に終止符が打たれてしまうとは…。 会場には妹さんがいらっしゃったので、私の手元に残っていた、あのころ焼いた彼女のポートレイトを何点かお渡しすることができました。 「きっと父が喜びます」 と微笑んでいらしたその表情からは、少しだけお姉さんの面影が見てとれました。 あれから、また1年。過ぎる時間の速さにはため息がこぼれるばかりです。私は年を重ねて40代になりましたが、写真の中の彼女は永遠に20代のまま、その水の底のように澄みきった眼差しを、こちらに投げかけ続けているのです。 (2003/7/28 出川香澄・三回忌の日に) ![]() [追記] 現在、新作のシナリオを執筆しています。詳細をここに書くことは出来ませんが、物語のキーになる女性の名前には、出川香澄さんと、そしてもうおひとり、2002年に他界された作家・詩人の矢川澄子さんへの敬愛の念を込めて、「澄」という文字が用いられることになりそうです。 (2006/07/01) |
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