これは、OV「チョコチップ漂流記」が完成するまでの流れを、
当時の日記を元に再構成したものです。
かなりの分量ですが、大嶋作品の企画立ちあげから完成までのプロセスが
かなり詳細におわかりいただけると思います(日付はすべて2001年です)。



第1部 プリプロ(諸準備)

4月9日(月
16:00、(株)ワコーにてプロデューサーの多井久晃、小林洋一両氏とパーソナルエロスシリーズ第4弾の打ち合わせ。形式は前作「湿った指」同様の三社共同製作で、予算もほぼ前作なみ。今月中にタイトル決めとメインビジュアル(ヒロインのスチール)の納品、5〜6月で撮影、7月初め完パケ納品、7月下旬発売というなかなかにハードなスケジュール。芝居(「真綿の首飾り」)が終わって1週間しか経っていないのに、もう次の企画を立ちあげなくてはならないとは、正直かなりしんどい。しかも話も役者も、なーんも決まってない。小林Pの希望は、前回が地方だったんで、今回は東京を舞台にして欲しいということだけ。とりあえず「桜子、漂流」なるタイトルをでっちあげ、キャスト募集のチラシを先にまいておいたのだが、見るべき成果はほとんどなし。毎度毎度ヒロイン探しには本当に骨が折れる。まあ、プロダクションに所属してなくて、そこそこ魅力的で、表現力もあって、ラブシーンもできるコってことになると、かなり限定されてくるのは事実。でも、Vシネなんかにバンバン出てるようなコは絶対使いたくないし…。

4月11日(水)
うかうかしてられないので役者の選考を開始。13:00、キャスト募集に応募してきていた泰勇気(たい・ゆうきと読む。本名てのがすごい)と新宿のTOPS CAFEで会う。彼は応募の締切りに間に合わなかったため、わざわざ私の事務所(ていうか自宅)に書類を届けにきた熱い奴で、はじめは家に訪ねて来るような不届き者は書類で落とそうと思ったのだが、応対に出た家人がそれは可哀相だというのでとりあえず会うことにしたら、まあわりと細身で真面目そうな男なので前向きに検討することにする。応募書類に自分の恋愛遍歴を年表並みに細かく(いつ付き合い始めていつ振られたとか)記入している正直さも笑えたし。15:00、今度は別の喫茶店で、NCW主宰の春のデジタルビデオ講座を受けに来ていたA嬢と会い、出演交渉を試みるが、自分はスタッフ志望なのでその気はないとあっさり断られる(A嬢は某映画学校出身)。しかしながら、彼女が去年スタッフで参加したDV作品に出ていた杉浦育美という女の子を紹介してもらうことになる。A嬢によれば、なかなかのがんばり屋で性格もよいとのこと。出身があの鈴木重子と同じ浜松というのも興味を引かれた。

4月12日(木)
13:00、A嬢と新百合ヶ丘の某映画学校でおちあい、杉浦育美が以前出演した実習作品のビデオを見せてもらう。昨年撮ったDV作品(こっちのが出番が多いということだったが)は、ビデオが別の場所にあるとのことで見られず。で、やはり映像だけでは判断できないので、その場で本人と連絡を取ってもらい、17:00、渋谷で合流、道玄坂のロイヤルホストでお茶しつつ話をする。うーん、何というか、ぱっと見は結構今どき系なのだが、でも実は体育系の短大を出ていて体育の先生の資格を持ってるらしい。中学、高校時代はソフトボールをやってて、水泳も得意だというし、話を聞けばなかなかに健康的。私のような文系軟弱男にはまぶしすぎる存在としか言いようがない。ただ、その健康さ故にあまり陰影は感じられず、今回の「都市を漂流する物憂げなヒロイン像」に果たしてはまるのかという疑念も当然生まれる。果たしてどうなることやら。

4月16日(月)
タイトルを「チョコチップ漂流記」と正式に決定。他には「眠りの果て」「漂う街」「つぼみが眠る街」「漂流少女図鑑」などが候補にあがっていた(この時点ではチョコチップがヒロインの背中のホクロを差し示すというアイデアはなく、単に語呂がよく、何となく少女チックという理由で採用したのであった。後日註)。

4月17日(火)
15:00、元住吉の中原記念平和公園なんていう思い切りローカルな場所で杉浦育美と会い、ヒロインに決定したことを正式に伝える。12日以降数人の候補者と会ったのだが、彼女以上に存在感のある女性が見つからなかったため。今後の大まかな日程の打ち合わせをしつつ、少しだけビデオを回し、スナップも撮る。また、相手役は泰勇気に決定。2人を頭の中で並べてみたら、割としっくりきたので。

4月21日(金)
19:00、前作に続いて助監督をやる井上久美子とアルタ前で待ち合わせ、未知なる街、<ゴールデン街>に向かう。今までゴールデン街というのは歌舞伎町の中にあると思っていたのだが微妙に別エリアであった。その一角にあるバー<D>を訪ね、そこでバイトしている知り合いの役者、桂毅(かつら・つよしと読む。これも本名)に、そこを秘密クラブの設定で撮影に使えないかと遠回しに交渉。しかしゴールデン街は意外に組合の許可の問題が面倒だったりするので、彼がバイトするもう1件の店(場所は明大前)の方がいいのではないかと言われる。その界隈にまつわるさまざまな逸話を桂から聞きつつ、ワインを4、5杯飲んだら結構悪酔い。井上は最後まで冷静であったが(さすが九州女)。

4月24日(火)
13:00、登戸にて杉浦育美と会い、多摩川沿いのホテル<A>にて宣伝用のスチール撮り。普通に予算のあるVシネなんかだとスチールは専門のカメラマンが担当するのだが、超がつく低予算のこのシリーズでは、これまですべてスチールも私が撮り下ろしている。まあ、本番のウオーミングアップにもなるし、有意義なひとときではあるのだが。前半やや硬かった彼女も、夕方になるにつれしっとりとした表情になっていく。36枚撮りフィルムを7本消化して17:00撮影終了。

4月25日(水)
午前中、以前バイトをしていた喜多見のカメラ店<F>に行き昨日の育美スチール全カットをプリント。この店にいる時は写真のプリンターを担当していたので、辞めた今でも大事な写真はすべてここで自分でプリントすることにしている。フレーミングや濃度、色調などの微妙な調節を眼で確認しながら行なえるのがありがたい。ここでプリントした紙焼きがそのまま宣材物やビデオのジャケットに使われるので神経を使う。少し前までは印刷に回すスチールといえばリバーサルが常識だったが、今は紙焼きでもほとんど遜色がないようだ。

5月2日(水)
15:30、元住吉駅前の喫茶店にて育美と会い、先週撮ったスチールを見せたり、作品のあらすじを話してその感想を聞いたりする。本人は家族関係が良好らしいので、家出や放浪の経験は皆無とのこと。ちなみにゴールデンウイークには浜松から弟が上京してきて一緒に Dragon Ash のコンサートに行くらしい。

5月4日(金)7日(月)
長野県黒姫の山荘にこもり、「チョコチップ〜」のシナリオに着手。しかし行きの高速バスの中で何とかシノプシスは書いたものの、山荘に着いてからが絶不調で、近くのワイン工場見学に出かけ、ワインの試飲で昼から酔っ払うなど、だらけまくった数日間を送る。最終日に何とかハコ書きまでは終えたが、結局使えたのは半分に満たなかった。やはりGWには息抜きをするもんである。

5月8日(火)
13:30、渋谷にて<サードステージ>のマネージャーの吉住太日志と会い、マークシティで昼食を取る。彼は「真綿〜」に主演した横塚進之介のマネージャーで、他にも十人近い同劇団の役者のマネージメントをほとんど一手に行なっている。その中の一人、宮下今日子を、今回の作品のレイコ役にどうかと尋ねてみたところ、撮影時期の6月上旬は<NODA MAP>の本番真っ最中とのこと。しかもフジの深夜番組「美少女IT戦士リアルシスターズ」のレギュラーもあるというので、こりゃきびしいなと思ったが、撮りが2日程度であれば、休演日もあるので何とか調整可能とのこと。とりあえず、あさって本人と会うことになる。

5月10日(木)
21:30、TOPS CAFEにて宮下今日子と顔合わせ。プロフィールの写真のイメージよりもさらにお姉様っぽく、とても24歳には見えない落ち着きようであった。レイコの設定年齢は27歳だが、これなら全然無理は感じない。また、ストーリーをざっと話したところ、添い寝してくれる秘密クラブの話が、以前吉本ばななの小説にあったという(タイトルは忘れたとのこと)。全然知らなかったので、どれくらい内容が類似しているのか心配になる。

5月11日(金)
早速本屋に出かけ、吉本ばななの小説を片っ端から斜め読みした結果、「白河夜船」という中編に、たしかにそれに類する描写があることを発見。もっとも、ヒロインの死んだ友人が、以前そういうところに勤めていた、という間接的なエピソードでしかなかったのだが。それでもそういうアイデアがかなり早い時期に世に出ていたことは事実であり、心中穏やかではない。設定を変更するべきか悩むが、物語そのものに類似点はないと割り切り、現行の路線で行くことにする。

5月13日(日)
「真綿〜」でギターの演奏をしてくれた天久高広から転居通知が来て、あの公演がきっかけでアイピット目白のすぐ近くのビルに引っ越したとのこと。彼には、<カルム>の客の一人として特別に出演してもらおうと思っていたところだったので、折角ならその新居で撮影もさせてもらえないかと思い立ち、15:00、早速彼を訪ねる。アトリエを兼ねたなかなか画になる部屋であった。17:30、急きょ泰勇気を呼び出してJR新宿駅のホームで30分ほど立ち話。シナリオの構想がどうにも固まらないので、いろいろと恋愛観などを尋ねる。

5月14日(月)
ついにシナリオに着手。ワープロ打ちはあきらめ、B5のレポート用紙にボールペンで書き進めていく。とりあえず15枚(原稿用紙換算で何枚なのかは不明)。

5月15日(火)
10:30、東横線新丸子駅にてNCWゼミ生の山口智と会い、彼が今度引っ越す新居を見せてもらう。引っ越しは今月末なのでそれまでは何もない状態だという。撮影に使わせてもらう可能性が高いことを伝える。その後、自分が以前住んでいた狛江周辺をスクーターで回り、アパートの空き物件を探すがほとんど収穫なし。外見だけで判断するのはやはりきびしいか。帰宅後、シナリオ10枚。ようやく2人が初めての夜を過ごすあたりまで。毎度のことながら前半の展開がもたつく。

5月16日(水)
シナリオ、18枚くらい書いてとりあえずラストまで。でもなんかまとまりがないというか…。ラストはハコ書きを大きく裏切り、ヒロインは引っ越しをしないことになってしまったが、これでいいの? 本当はひとり暮らしのアパートで、荷物の整理をしている彼女の姿で終わるはずだったのに…。でも流れにまかせて書いたらこうなってしまったのである。

5月17日(木)
気分転換を兼ねて、横塚進之介が出演する舞台「ウィンザーの陽気な女房たち」を観に<さいたま芸術劇場>へ。途中埼京線が事故で停まり、「ああ、間に合わん!」と車内で焦ったが、タクシー使って劇場に駆け込んでみると、「埼京線事故のため開演は15分遅れです」とのアナウンス。何だかやたらローカルな印象を受けたが、考えてみれば埼京線が唯一の足なんだから当たり前か。芝居の方はサービス精神と遊び心がたっぷりでなかなか楽しめた。進之介も「真綿〜」とは打って変わって見事な二枚目ぶりだったし。

5月18日(金)
15:00、ワコーにて「チョコチップ〜」共同契約書の調印。多井、小林両Pと私の三者立ち会いのもと、おごそか(?)に行われる。夜、新宿西口中央公園近くのビジネスホテルに部屋を取り、夜の新宿の探訪を開始。深夜2:00過ぎまで西、東、南口周辺の人々の動向を観察する。渋谷のように怪しい薬を売り歩く外人の姿もなく、全体にわりとひっそりとした雰囲気(歌舞伎町前のドンキホーテ周辺
は例外)。3:00過ぎ、ホテルに戻って就寝。

5月19日(土)
朝方起床して夜明けの新宿も見て回るはずだったが、つい寝過ごし起床は9:00少し前。チックアウトしてからしばらく新宿中央公園を散策し昼前に帰宅。それにしてもホームレスの多さにはただ絶句。日本が不景気なのは本当なんだと改めて実感。

5月20日(日)
NCWクリエイターコースのチーフ露木栄司が居住する、小田急線向ヶ丘遊園のマンションを見学させてもらう。彼のところと私の家とはひと駅ちがいで、きわめてご近所同志なのだが、忙しさにかまけて今まで一度も訪ねたことがなかった。引っ越して半年経つのにほとんど家具もなく、これは後半ユウタがサトミを案内する物件として使えるなと判断、撮影許可を取る。さらにその帰り道、都心ぽい雰囲気の不動産屋<ケイタハウス>を発見。社長の朝倉敬太氏に飛び込みで撮影協力を依頼し、どうにか承諾を得る。また同氏はその近くで<鳥原人けい太>という居酒屋の経営もしているため、その店も撮影で使わせてもらうことにする。店のネーミングセンスはともかく、1日で3件もロケ場所が決まったというのはかなりの収穫である。

5月21日(月)23日(水)
シナリオの最終直し。文字どおり切ったり貼ったり修正液塗りたくったりの世界。23日の夕方やっと通しで読むが、何となく形にはなった感じ。なお、当初イクエだったヒロインの名前は最終的にサトミとなる。

5月24日(木)
午前中コンビニでシナリオを15部コピーし製本。14:00、渋谷のモーツァルトにてメイン2人(育美&勇気)の初顔合わせ。店内の冷房がきつすぎたせいか勇気口数少なし。2日後に読み合わせやるよ、と告知してまだ余熱が残ってそうなシナリオを配る。17:00、吉祥寺ギャラリーアスティオンに行き、たむらしのぶ・天久高広の展覧会 <maimaizu> のオープニングパーティーに出席。この会場も撮影場所として使わせてもらうことになる。

5月25日(金)
17:00、井上宅(世田谷区内のアパート)を訪問。いい具合にうらぶれていて、あまり生活に気を遣わないユウタの部屋にはぴったりであった。その場で、正式に撮影場所として使うことが決定。その後井上とともに明大前に出て、桂がバイトするもう一件の店 <BAR BAR> へ。店内はやや広めだが、カウンター回りだけ写せば秘密クラブっぽくも見えそう。店が忙しそうだったため交渉は後日回しにして普通に飲食。出されるものがどれも美味くてついワインを3杯も飲む。ボサノバのライブもあってご機嫌な店であった。

5月26日(土)
14:00、渋谷のカラオケ館にて育美&勇気の読み合わせと衣裳合わせ。その後、和民にて親睦会(?)と称して3人で軽く飲み、さらにその後、育美に渋谷の街を2時間に渡って徘徊させ、その模様をビデオに収める。カメラテストの意味もあったが、オープニングシーンで使うことも当然念頭に置いていた。ボストンバッグを肩から提げて雑踏や交差点などをただ歩いているだけであったが、育美が実に堂々としている姿が印象的だった。

5月27日(日)
物件回りのシーンに備え、再び狛江周辺を探索。今回は実際に部屋を探しているふりをして、顔見知りの不動産屋から、空き部屋でカギのかかっていない物件をいくつか教えてもらう。


第2部 シューティング(撮影)


5月28日(月)
13:00、吉祥寺ギャラリーアスティオンにてクランクイン。サトミがなじみ客であるアマミヤ(天久)の展覧会を訪ねるシーンがファーストカットとなる。シーン自体短いこともあって撮影は2時間弱で順調に終了、と書きたいところだが、実際はまだ全然エンジンがかからず不満だらけ。ディレクションに関しても、カメラワークについても。井上が呼んできたエキストラ(NCW修了生の今西祐子、種帰さやか、平林勉の3名)はそれぞれなかなか収まりよく演じていたように思う(なおこの作品は基本的に順撮りに近い流れで撮影されたが、このシーンに関しては、かなり後半の部分であるものの、実際の展覧会が翌29日までという物理的な制約もあってこの日に撮影された。後日註)。帰りがてら、吉祥寺のデパート数店を回って、サトミが添い寝の際に着用するパジャマを井上とともに物色。

5月29日(火)
9:30、新丸子駅改札に集合し、東横線の中と、山口智の新居となる物件内部と、丸子橋近くの川原のシーンを撮影。勇気は今日が初日ということもあってか、やや緊張の面持ち。天気の方もぱっとせず、一時晴れ間がのぞいたものの、川原のシーンが終わったと思ったら雨が降り始め、この日はここでお開きとなる。夕方、叩きつけるような豪雨の中、明日撮影で使う予定の空アパート3箇所をスクーターで回り、カギがかかっていないか確認。21:00、<BAR BAR>を訪ね、マスターから撮影許可を取る。バーテン役で出演もする桂がカギの管理をすることになる。

5月30日(水)
10:00、狛江駅に集合し、サトミとユウタが空き物件回りをする一連のシーンを撮影。昨日確認しておいた3箇所の部屋に実際に入り、アドリブでそれっぽく演ってもらう。途中にわか雨に降られ、小一時間ほど撮影中断(いかにも梅雨入り間近かという感じ)。その後下北沢を経由して京王線の電車内の撮影も行なう。それが終わって明大前の駅の階段をのぼっていくと、横塚進之介とばったり会う。これから下北沢で芝居を観るとのことで、自分も下北まで出て1時間ほど<ぶーふーうー>でよもやま話。

5月31日(木)
9:30、向ヶ丘遊園駅に集合、<ケイタハウス>の店内を借りて不動産屋のシーンを撮る。営業時間内の撮影だったため、来客や電話などでしばしば中断を余儀なくされるが、それでも昼前には予定どおり終了。午後は昨日撮影したものの今いちだった京王線内のシーンに再チャレンジ。3テイクほど撮る(しかし、最終的に採用したのは前日に撮影された方のテイクだった。あるよねえ、こういうこ
とって。後日註)。21:00、JR田町駅にてNCW修了生の横山陽史と待ち合わせ、彼の住むマンションを見せてもらう。あまり女性の部屋には見えないですよ、と言われたが、サトミの叔母の部屋として使わせてもらうことにする。

6月2日(土)
14:00、新宿駅西口に集合、サトミが不動産屋の看板を見て歩くシーンや、中央公園で寝てるシーンなどを撮影。天気予報では一日晴れということだったのに、4時くらいから雨が降り出し、またしても撮影中断(これで3回目だ!)。やっぱり私はかなり強力な雨男のようである。思えば「カナカナ」を撮った年も「火星のわが家」の年も、ともに梅雨がすっきり明けない冷夏で、撮影の時は大いに
泣かされたものである。こういうのは宿命みたいなものだから、ぼやいも始まらないのだろうが。19:00からは目白の天久アトリエを訪ね、サトミが初めてお客(アマミヤ)と夜を過ごす、ちょっとドキドキするシーンや、背中のホクロをアマミヤに発見されて「チョコチップみたいだ」とからかわれるシーンなどを撮影。どちらもある種キーになるシーンであったが、つつがなく撮影は終了。井上が施したホクロメイクも、それほどあざとくなく、いい線いっていたと思う。

6月3日(日)
午後井上宅を訪ね、明日からの撮影に備えてユウタの部屋の作り込み。女の子っぽいもの(もともとあまりなかったが)はすべて押し入れに隠し、私のところから運び込んだカーテンや背広、ネクタイハンガー、男性雑誌などを飾り込む。

6月4日(月)
11:00、勇気と井上宅を訪ね、彼の洋服やCD、プレステ2などを設置して作り込み完了。やたら天気がいいんで(ほとんど真夏の雰囲気)、急きょ渋谷のデートシーンを撮ることにし、今朝浜松での法事から戻ったばかりだという育美に電話して14:30、渋谷集合。あとあとの予定もあるので1時間限定(!)のまさに駆け足で撮影を終わらす。その後向ヶ丘遊園に移動し、もうひとりの助監督・津留貴裕と合流(その間井上は他の現場の準備で中抜け。なかなかの売れっ子である)、16:00から1時間ほど、開店前の<鳥原人けい太>を借りて居酒屋のシーン、ひき続き日が落ちるのを待って<ケイタハウス>にて夜の不動産屋のシーンを撮影。いつもならここらで終わりなのだが、今日はまだまだ、これからが正念場である。
20:30過ぎ、ふたたび井上宅に場所を移し、サトミとユウタがタクシーでアパートに着くシーン、そして2人が初めて一夜を過ごすシーンを撮る。勇気は昼間から胃腸の具合がよくないとのことで、タクシーのシーンのあと1時間ほど仮眠。育美はあい変わらず元気いっぱい。井上も戻り、23:30あたりから夜のシーンの撮影開始。街灯に見立てたアイランプを一灯、窓の外に釣り込んだだけの薄明かりの下でのラブシーンとなるが、やはり一糸まどわぬ姿というのは心細いのか、2人ともこれまでになく緊張ぎみ。ライトばれやセリフNGなどもあったが、3テイク目で何とかOKとなる。ブルートーンの夜の光の中にぼんやり浮かび上がるサトミのしなやかな肢体は、なかなかに魅力的だったと思う。撮影終了は明け方近く。役者2人は力を出し切ったかのように、そのまましばらく仮眠を取る。

6月5日(火)
1時間ほどで外は明るくなり、間もなく朝を迎えたが、太陽は出ておらず、サトミがユウタの布団の中で目を覚ます翌朝のシーンは撮れず。したがってそのまま解散。やはり徹夜&朝帰りはキツい。

6月6日(水)
9:00に井上宅集合で、サトミとユウタのラブラブな日々をシナリオ順に撮っていく。朝一番でいきなりからみのシーンというのは、演る方も撮る方もしんどいものがあったが、設定も早朝ってことだし仕方がない。でも、すでに一回そういう場面を通過しているせいか、2人ともおとといの夜ほどの緊張感はなく、いい意味でなじんできたような印象であった。その後サトミの手料理(実際は井上が作っている)を2人で食べるシーンや、ロウソクの明かりの下で、サトミがユウタに愛撫を加えるシーン(ここは生殺しのようで一番辛かったと勇気はあとで述懐していた)、エッチのあとで、ユウタが客との会話をMDで録ってきてほしいとサトミに頼むシーンなどを撮り、早くも18:00を回る。19:00、デリヘル嬢役の山崎佐知香(さちかと読む。これまた本名)井上宅へ。彼女は奇遇にも育美と同じ浜松の出身で年齢も同じ21歳。いろいろと話もはずんで…、と書きたいところだがそんな時間はなく、しかも井上宅の大家(アパートの同じ棟に住んでいる)から人の出入りが多いと苦情が来たので、ひそひそ声とアイコンタクトでアパート前の「遭遇」シーンを何とかやり過ごす。その後はユウタとデリヘル嬢の抱擁シーン(サトミのイメージ)を数パターン撮影(しかしこれも編集の最終段階でカットされることに。佐知香さんすみません。後日註)。撮影終了は 22:00。長い1日であった。

6月7日(木)
13:30、NCWにて宮下今日子の衣裳合わせ。事前に本人にFAXでイメージを伝えておいたので、ほぼ想像に近いものを用意してきてくれる。15:00、井上宅にてサトミとユウタがMDを聞いてケンカするシーン。集合直前までは晴れていたので、もしかしたら朝の目覚めのシーンが撮れるか? と期待していたのだが、私が井上宅に着くやいなや曇ってきて、いきなりスコールみたいな大雨。いい加減いやになる。関東地方は昨日梅雨入りとのこと。梅雨入りとともに井上は他の現場に出向で、今日でお別れ。あとは津留くんよろしくということで。19:30、新宿Wホテルのロビーで桝谷裕と合流。予約しておいたダブルルームにチェックインし、サトミとマスダ(客のひとり)のシーンを撮る。それしても、結構な宿泊料を払ったわりには部屋が小さく、少なからずがっかり。おまけに窓まで小さく、これじゃあせっかく高層ビル側の部屋を取ったのに、ほとんど夜景が写らないじゃないか! 撮影という名目で借りてるわけじゃないので、事前に下見できないのが辛いところである。撮影そのものはきわめて順調に23:00過ぎに終了。桝谷と育美の呼吸がよく合っていた。自分と桝谷は帰り、育美はそのままホテルに宿泊。

6月8日(金)
5:00過ぎの始発で新宿に行き、6:00少し前、Wホテルに育美を訪ねてみれば、さすが、もうしっかり起きてメイクまでしていた(この日に限らず彼女は撮影期間中、ただ一度の遅刻も寝過ごしもなかった。これは当たり前といえば当たり前だが、実際はかなり素晴らしいことだと思う。他の出演者、スタッフも是非見習ってほしいところである。後日註)。でもって早朝サトミがホテルの部屋で帰り支度しているシーンやホテルを出てユウタに「これから行く」と電話するシーン、さらに出勤ラッシュがピークの新宿南口改札を通り抜けて埼京線に乗り込むシーンなどを撮影。出された生ゴミをカラスがつついているところなんかも撮りたかったのだが、もうゴミはあらかた回収済みであった。もっと早い時間を狙わないと無理らしい。埼京線の中でサトミが眠り込んでいるシーンを撮って、板橋で下車し、この日は終了。「お疲れさま」と言った途端、駅のホームに陽が射し込んできたのには呆れた。ここまで天気に見放されるともはや怒る気にもなれない。

6月9日(土)
10:30、NCWのクリエイターコースBクラスのシナリオ選考および講評。これがあったんで今日だけは撮休なのである。でも昨日の夜からよく40編も読んだもんだと我ながら感心。17:00、下北沢にてマコ役の服部まりと会い、駅前のカラオケBOXにて衣裳合わせ。

6月10日(日)
10:00、JR田町駅にて集合、横山宅にてサトミの叔母のマンションのシーンを撮る。津留は友人の結婚式でNGとのことで、古橋大がピンチヒッターとして参加。今日はほかにも、叔母役の牛木かなこ、サトミの元彼役の内田龍と、一日だけの参加者が多く、レギュラーメンバーは私と育美だけ。いつもとは少し違った雰囲気での撮影となった。サトミが玄関から入ってきて、リビングで叔母と会話し、キッチンでうがいをしてから自分の部屋に入り、そこで元彼と口論し、布団に倒れ込んで携帯のメールを受ける、という流れをワンカットで撮る。3分以上のロングテイクで移動もやたら多いのだが、撮影も後半に突入し、カメラのオペレーションにもかなり余裕が出てきたため、右手にカメラ、左手にガンマイクというスタイルで何とかやりとげる(午後からは、実は密かにデキていたという叔母と元彼のイメージ抱擁ショットも撮るが、これも諸々の理由で本編にその姿を残すことはなかった。牛木さんごめんなさい。後日註)。14:00、撮影終了。

6月11日(月)
10:00、明大前<BAR BAR>にて集合し、カルムのアジト(?)であるバーのシーンを固めて撮る。この固めて撮るってのが何ともドラマっぽくて好きじゃないのだが、お店はそうそう借りられないし、レイコ役の宮下は<NODA MAP>の本番中だし、やむを得ぬ状況なのであった。店を貸してもらえるのは18:00までで、その間に6シーンは結構キツいんじゃないかと正直かなり心配したが、撮り始めてみると意外なほどすんなり進み、16:00にはバーのシーンはすべて終了。思うにこれは、宮下を始め、バーテン役の桂やマコ役の服部も、かなりきちんとセリフを入れていてくれたおかげだろう。夜まで時間が空いたので、明大前の駅近くをサトミが歩いているショットを急きょ撮影。夜からは新宿に場所を移し、ゴールデン街入口でのサトミとマコの立ち話や、街を徘徊するサトミが交差点でナンパされるシーンなどを撮る(これらのシーンもすべてカット。後日註)。また、途中から断続的に雨が強まり、何度か中断を繰り返しつつ、ユウタとサトミが居酒屋から出てくるシーン、さらに23:00を回ってから駅前の歩道橋でサトミがレイコと出会うシーンを撮影。本当は21:00くらいに撮りたかったのだが、天気はいかんともしがたい。その間、宮下には自宅で待機してもらっていた(都心の近くに住んでる人はこういう時便利だなあ)。その後また少しサトミが街を徘徊するシーンを撮り、24:00を回ってようやく撮影終了。帰りはこの現場始まって以来の「送り」となる。津留の運転するジープの中で、さすがのタフネス育美も爆睡状態であった。

6月12日(火)
10:00、向ヶ丘遊園の露木宅を訪ね、作り込みというか、物片づけを行なおうとするが、さすが苦労人の露木、私の現場に人手の足りないのを知っていて、すでに家財道具はあらかた見えないところに隠していてくれた。10:30、役者、助監と合流し、駅の改札、マンション外、そして室内と撮影を進める。一時は音信不通となっていたユウタが、サトミのために探し出したマンションに彼女を案内し、ここで一緒に暮らさないか、と改めて告白するシーン。本当は午後の日差しが入り込む暖かい雰囲気の中でカメラを回したかったのだが、どこまでも天は私に味方してくれなかった。仕方なくホワイトバランスをいじり、ややアンバーを強くして撮る。場面のラスト、ユウタの申し出を受けるかのように肩にもたれかかるサトミを見て、ユウタがほっとしたように微笑む、というのが何度やってもぎこちなくNG連発(4分近いロングテイクでドン尻にNGが出るっていうのも悪夢だ)。勇気はこういう時どうもプレッシャーに弱いようで、やればやるほどわざとらしくなっていくのが見ていて辛い。でも、実際はこういう時、そんなに嬉しそうな顔はしないのかもなあと思ったりもする。男って、女を自分のものにするまでは必死で努力するけれど、手に入れた途端、ある種の虚脱感に取りつかれるというか…。まあこの辺は、なかなか難しい問題であるが。日が暮れる前に何とか撮影は終了。

6月13日(水)
撮影も終盤、あとは天気との駆け引きになってきた。ラストシーンは何としてもピーカンで撮りたいから、晴れてたら撮影、曇ってたら撮休と通達を出しておくが、朝起きてみると曇ってたので撮休と決める。ところが、その後にわかに日が出てきたので大いに心が揺れるが、都心に住んでいる勇気に電話して天気を聞くと、薄曇りだというので決定は覆さず。まあ、実際はラストシーンの場所や演出プランが決まっていないので、今日はどっちにしろ撮りたくなかったのだが。

6月14日(木)
午前中、雨の中をイトーヨーカ堂に行って今日のホテルのシーンでサトミが着用するナイトウェアを2着購入し、使い込んだ感じを出すためあわてて洗濯、乾燥機で乾かす。15:00、いわゆる一級ホテルと称される新宿Kホテルのロビーにて、育美、イワブチ役の巖本和道と合流し、ダブルルームにチェックイン。部屋は39階でかなりゆったりしており、窓も大きく、都庁をはじめとする高層ビルの見晴らしもよく言うことなし。こないだのWホテルとはまさに雲泥の差で、大枚をはたいた甲斐があったという感じ。お約束というべきか、朝方のシーン2つを先に撮り、夜になってからナイトシーンを3つ撮る。巖本はNCWディストリビューターコースの修了生で、芝居経験は皆無だったが、あれだけのセリフをきちんと覚えてくれていたのには感心。多少言い回しにつたないところもあったが、その辺は本人のキャラクターがカバーしてくれることを期待し、23:30、撮影は終了。今回は育美と巖本が帰宅し、私が一人部屋に残って、普段ではまず泊まらない高級ホテルでのゴージャスな一夜を堪能する(て言っても、寝ちゃえばどこもおんなじなんだけどね)。

6月15日(金)
7:30、起床。だだっ広いホテルの一室で目覚めるってのも何か落ち着かないもんである。8:00、育美からロビーに着いたとの電話が入り(彼女はいつも現場に持ってきているドでかいボストンバッグを部屋に置いて帰ったので、それを取りに立ち寄ったのであった)、朝食を取ってチェックアウトをすませる。9:00、板橋の寺嶋由起のマンションにてレイコの部屋のシーンを撮影。寺嶋は「ウイークエンド・ピース」以来「湿った指」「真綿の首飾り」そして今回と、私の作品の音楽のほとんどを手がけており、「真綿の〜」の時は、自分の部屋を稽古場として解放してくれている。ここはいわばその時からのお馴染みなのだが、最近猫を飼い始めたということで、今回はその猫殿にも出演してもらうことになった。しかしかなりの高齢で、おまけに人みしりが激しいらしく、育美が抱きかかえたりあやしたりしても、すぐに逃げてしまう。まさに子役と動物は鬼門だということが証明されたシーンであった。また、サトミとレイコのベッドでの会話は、4分近いロングテイクで、しかも全体がセリフの連続なので、かなり時間を取られるのではといささか不安だったが、さすが舞台の世界で鍛えられている宮下は、猫の毛アレルギー(本人はかなり辛かったようである)にも負けず、淡々とレイコの人生観、男性観を披瀝してみせてくれた。撮影は何と13:00に終了。撮影したのは4シーンだから1シーン1時間というハイペースである。明日あさっては勇気が芝居の本番のため撮休、ラストシーンは18日の予定となるが果たして天気は…?

6月16日(土)
撮休。これまでの素材の通し見。ため息をついたり、ドキドキしたり、ちょっとだけ笑顔になったり。でも心臓に悪い作業である。この段階でミスが発覚しても、もはやリテイク(撮り直し)をしている時間はほとんどないからだ。幸い、これまでのところ、致命的な失敗は見つからず。細かい問題点は当然浮上してきたが、仕上げで何とか救済できそうなものばかりで、少しほっとする。

6月17日(日)
午後から新宿に出て、遅ればせながらラストシーンのロケハン。西口から中央公園までひと通り見て回るが、どうも今いち絞り込めず。

6月18日(月)
願いが天に届いたか、とりあえずは晴れたので、予定どおり最後の撮影に挑む。まずは 11: 00に井上宅にて、今まで何度も撮り逃した、サトミが布団の中で目覚める朝のシーン、そしてそれに続くアパート前の墓地を散歩するシーンを撮影(こちらは尺の関係でカットとなる。後日註)。その後新宿に出て13:00から待望のラストシーン、厳密に言うとそのひとつ前の、不動産屋の広告看板の前でのサトミとユウタの再会から撮り始めるのだが、3テイクほど回した時に、突然本物の不動産屋の兄ちゃんが現れ、「ちょっと、ウチの看板の前で何やってんの?」「そこのパンフレット全部持ってこうとしてたで
しょ?」などと因縁をつけてくる。まあたしかに、勇気にパンフを並べる芝居はさせてましたけど。何か営業を妨害する怪しい連中だと思われたらしく、有無を言わさず勇気と2人、その不動産屋の事務所(雑居ビルの一室)に連れていかれる。やっぱ新宿はおっかない。ゲリラでこういうことをやるのは無謀だったとかなり後悔。最初に声かけてきた若い奴なんて完全にヤクザ口調で、「名刺あんでしょ、出しなよ」とか凄んでくるが、おっかなくてとても出せる雰囲気ではなかった。そのうちに、やや話のわかりそうな管理職クラスのおやじが出てきたので、怪しい者ではないし、営業妨害もしていない、ただ許可を取らずにやっていたのは悪かったとひたすら謝って30分くらいで何とか解放される。その間勇気は私の隣でひとことも話さず棒立ちのまま、育美はビルの外でひとり所在なく我々を待っていたのだった。2人にはとんでもない迷惑をかけてしまったと大いに反省(これを読んでる映像製作関係の方、くれぐれも不動産屋さんとのトラブルには気をつけて下さい)。
でもって、気をとり直して都庁近くの路上にてラストの2人のかけ合いを撮り始めるが、今度は極度のストレスのせいか、私が猛烈な胃痛に見舞われ、しばしの間撮影中断。薬を飲んだりしてやっと少し落ち着くが、そうこうしているうちにどんどん太陽は雲の中に隠れてしまう。結局サトミがユウタから預かった部屋のカギを道路の植え込みに捨てるラストカットを撮る時には、すでに完全な曇天になっていた。どこまでも天候に恵まれなかった作品としか言いようがない。なお、カギを植え込みに捨てるカットは2通りあり、最初は、大事な宝物を隠しておくように土に埋める、という感じで何回かやってもらったのだが、どうもしっくり来ない。「自分だったらどういう風にする?」と聞けば、「もっとあっさりやる」とのこと。じゃあ、それでやってみよう、と一回だけ回したところ、彼女は本当にただ植え込みにポイと捨てると、そのままさっさと歩き去ってしまった。しかし、そっちの方が、これまで現場で構築してきたサトミというキャラクターにはなじみがよかったのである。別に冷淡でも投げやりでもない。彼女にはそれが自然だった、そんな感じなのだ。頭で考えた姑息な演出よりも、ここまで来たら演じる本人の感覚に任せた方がよい、そう認識させてくれるラストカットだった(当然のことながら作品では後者が採用されている。後日註)。さて、長かった撮影もいよいよ終了、と書きたいところだが、実はまだ続きがある。たしかに17:00で一旦現場は撤収、解散はしたのだが…。

6月19日(火)
夜もてっぺんを回った午前0時。すなわち前の日の17:00に新宿で別れたわずか7時間後、私と育美はふたたび新宿西口でおちあい、最後のひと仕事、すなわち「終電後から夜明けまでの新宿の街にサトミが居る情景」の撮影をスタートさせる。7時間の空き時間に、自分は家に戻って仮眠を取ったが、彼女は渋谷でバイトをしていた。この差は大きいが若さで乗り切ってもらうしかない。実際、深夜の街の場面は去る6月11日の夜に(終電前ではあるが)かなり回しているし、早朝の場面にしても、仮になくてもどうにか作品としてつながるのはわかっていた。ただ、今回は物語的につながってるからOK、というのではなくて、本当の深夜、本当の朝、の感触、匂いを映像に封じ込めたかったのだ。正直言って、私がここまで情景にこだわったのはこの作品が初めてかも知れない。今まではストーリー優先で画を撮っていたので、セリフのないシーンや情景の描写は、ついつい後回しにして来たのである(映像作家としてはあるまじき態度なのだが)。今回時間もないのにここまでこだわったのは、ひとえに出演者の作品への真面目な取り組みのおかげだと思う。私は結構疲れやすい人間なので、必要最低限のシーンを押さえるのに精いっぱいで、それ以上は「まあいいだろう」という甘えがいつもあったのだが、今回の杉浦育美の、本当に手抜きなしのがんばり(彼女は昼間は連日撮影に参加しつつ、ナイトシーンのない日はその後ほぼ毎晩バイトに行っていたのだ!)を見て、よし、自分ももっと映像に貪欲にならなくては、と決意したのである。こういう意志を胸に秘めて臨んだからかどうかは知らないが、この日の深夜撮影したサトミの徘徊シーンは、これまで渋谷と新宿で1回ずつ撮ったものとは段違いで、まさに夜の深さと危うさを感じさせる映像が数多く撮影できた。ねばって正解だったと思う。本物の怪しいナンパ男も、しつこく彼女に声をかけてきたし(この様子はオープニングにも使われている。6月11日のナンパシーンは、実はNCWメンバーを使ったやらせだったため、本物の登場であっさりNGとなったのである。後日註)。1:30から3:00まではカラオケ館にて休憩し、(育美はそこで1時間弱仮眠)、その後洋服を替えて街を歩くカットをいくつか撮っていたら早くも夜が明けてきた。さすが夏至のころだけあって4:00を回ると東の空はすでに明るい。あわてて、カラスの群れるゴミ捨て場の横を歩くカット、歩道橋から電車の通るのをながめるラスト近くのカットなどを撮って、つ、い、に、クランクアップ! 当初は2週間くらいと思っていたが、実際には3週間以上に及ぶ意外にも長い道のりであった。(最近のVシネなんかは4日くらいで撮ってるらしいから、そういう意味では映画並みのスケジューリングと言えないこともない)。5月26日の夜に渋谷の徘徊シーンからスタートしたこの「漂流記」は、やはり夜から朝に至る徘徊でその幕を降ろしたというわけだ(実際そういうストーリーだしね)。
杉浦育美は終始一貫、本当にとても自然で素敵なヒロインであった。桝谷が育美を評して、「とても真面目なのに、気負いがない」と言っていたが、まさに彼女の特質を見事に現わしていると思う。彼女は芝居で誰と絡んでも、決して彼女のペースを崩さなかったし、どこまでも日常的であった。撮影が進行するにつれて、私の中ではいつしかどんどん育美とサトミが重なっていき、結果としてサトミは、当初シナリオに書かれていたような、陰影がある女の子から、あまり物事を深刻に考えない女の子に変わっていったが、それでよかったのだと心から思う。物事を深刻に考えないというのは、軽薄で、何も考えずに生きることとは違う。言い方を変えるなら、物事を深刻に考えるというのは、ネガティヴなフィルターをかけて現実を見ているということであり、健全な生き方ではない。この混沌とした現実の世界と正面から向き合うには、ある意味、ノンフィルターの方が都合がいいのだ。育美の魂を宿したサトミは、この世の中をきわめてニュートラルな目で、何の色もつけずにながめているという印象がある。そのある種の気負いのなさこそ育美自身の生き方かも知れない。イワブチという馴染み客の死に直面した際のリアクションにもそれはよく現れている。元のシナリオでは、サトミは憔悴しきって、「その日から自分の中で夜が終わることはなかった。夜の闇はどこまでも続いて、しかもそれは私を眠りに導いてくれなかった…」などとやたら文学的な独白を発し、罪の意識にさいなまれるのだが、育美にはそんなセリフはまったく似合わない。言わせたら、ひどく嘘臭くなってしまうことだろう。死は死として受け入れるしかない。それは一見ひどくドライに見えるけれど、それが現代を生きるわれわれの自然な態度である。死はどこか身近なものであり、自分が今生きているのもある意味偶然かも知れない。でも、生きている限りは精いっぱい生きる。それが育美が演じる中で顕わにしたサトミの生き方であろう。先ほどの、ユウタのカギへの変に女々しい執着も、シナリオに書かれたサトミのものであって、育美と結合した今のサトミにはおよそ似合わない。キャラクターはこのように役者とともに成長し得るものであるし、つねにそうあってほしいものだと思う。とにかく、キャラクターの成長を見届けるまでねばることができたというのが、今回の現場の最大の収穫だったと言えるだろう。
6:00前、育美とは新宿で別れる。「今の感想は?」と聞けば、「眠いです」との返事。うーん、やはり彼女は現実を生きている。


第3部 ポストプロ(仕上げ)


6月20日(水)
昨日とおととい撮った素材の通し見。

6月21日(木)
ビデオプリンターを使って本編素材からの抜き焼き。またビデオパッケージ用のテキスト(物語と解説)を打ってエースデュースエンタテインメントにメールで送る。19:30、同社に赴き、小林Pと抜き焼きのセレクションとテキストの確認。来週にはデザインがあがってくるとのこと。

6月22日(金)
朝から自宅にてVHSデッキ2台使ってオフライン編集開始。片方のデッキがすでに10年選手でかなり老朽化しているため、おっかなびっくりで作業を行なう。時間のかかりそうな冒頭の徘徊シーンはあとに回して、サトミとレイコの出会いからつなぎ始める。とりあえず、サトミがユウタ宅に泊まって、最初のエッチをするところまで。

6月23日(土)
引き続きオフライン。ユウタが高層マンションにサトミを案内するところまでつなぐ。16:30、寺嶋宅にて寺嶋、天久と音楽打ち合わせ。2人がラフで作った曲を聞きつつ、画素材を見てみる。その中で、天久が以前自分の作品として作ったものの別アレンジが、今回の雰囲気に合っていると3人の意見が一致し、オープニングは天久のオリジナルとなる。寺嶋には2人の渋谷デートシーン用に1曲作ってほしいと改めて依頼。帰宅後、残り9カットをつなげてオフライン終了。現在のところ総尺約100分(!)となる。

6月24日(日)
ややリラックスして1日過ごす。夜、冒頭部分の編集。かなりもったいなかったが、5月26日の夜に渋谷で撮った素材はすべて使わないことにする。徘徊するダークな街=新宿、彼氏と遊びに行く街=渋谷と、ある種イメージの統一を図るため。

6月26日(火)
VX-1000を2台i.LINKケーブルで接続し、使用素材のコピー。とっとと終わるかと思いきや、夕方までかかる。

6月27日(水)
10:00、上板橋の三本木久城宅へ。「2000年のひとり寝」以降、私の作品の仕上げはすべて彼のハウススタジオで行なっているが、今回も同様となる。まずは昨日コピーした使用素材を彼のパソコンに流し込み、しかるのち各カットの頭と尻を切ってつないでいく。作業は順調に進み、オープニングタイトルの作成までやって今日はおしまい。帰り、下板橋で降りて寺嶋宅に寄り、仮の音素材をピックアップ(本チャンは7月1日録音とのこと)。さらに帰宅後、デザイン事務所から届いたジャケットの色カンプをチェック。物語と解説がどちらも少し多すぎて画面を圧迫しているので、やや分量を減らしたものを改めてメールで送信。

6月28日(木)
10:40、三本木宅へ。バーやホテルのシーンにBGMを足したり、セリフのはめ替えなどを1日かかって行なう。夜、プロデューサーチェックのため、それまで出来たものを一旦DVに戻す。音の凸凹はあるものの、このままでも一応鑑賞には耐えるものになっていると思う。たった2日でここまでいけるとは、と、やや感無量。帰宅は23:00過ぎ。

6月29日(金)
昨日持ち帰ったDVテープをVHSに2本コピーし、多井、小林両Pにそれぞれ手渡す。

7月1日(日)
13:00、杉浦育美来訪。ちょっとしたセリフのアフレコを4箇所ほど。作品の前半も見せるが、やはり自分では客観的に見られないとのこと。18:00、新宿に出て、<THEATER BRATS>にて「2000年〜」のヒロイン藤原ヨシコが出演する芝居「恋の胸騒ぎ」を観る。藤原はじめ、みななかなかの好演であった。話もサクッとまとまってたし。その後22:00過ぎまで、新宿東口と西口の夜の実景を撮影。今回はホント、われながらよくねばってると思う。

7月2日(月)
9:30、寺嶋宅にて音楽素材のCD−Rをピックアップし、10:00、三本木宅へ。いつもながらこの2人の家が近くて助かる。いよいよ編集も大詰め。午前中に両プロデューサーと電話で話し、修正が必要と思われる箇所があるか意見を聞いたところ、揃って、サトミのイメージシーンはこの作品の中では浮いてるんじゃないかと言うのでカットを決める。あとはこちらの判断で、昨日撮った実景やアフレコしたサトミのセリフ、セミの声、そしてBGMを足し込む。16:00くらいからMA(音声全体のバランスを取る作業)を始め、20:00過ぎからDVへの戻しを行なう。作業終了は22:00。この時点でのトータル尺は97分。今回はいつもに増して効率よくやれたと思うが、ひとつには何としてもこの日数で仕上げなくてはならない三本木側の都合もあった。彼は目下CSのドキュメンタリー番組のカメラマンもやっており、その合間を縫って今回の作品の編集時間を捻出してくれたのであった。感謝感激である。明日もまた朝から撮影とのこと。どうぞ、お体にはお気をつけて…。帰宅してみると、デザイン事務所からジャケットの色校が届いていた。若干の色ずれはあるものの、色味は特に問題なし。

7月7日(土)
18:00、神楽坂のコスモ・スタジオにて「チョコチップ漂流記」の本編。要するに、DVテープのままでは大量コピーには回せないため、業務用のフォーマットであるデジタルベータカムに立ちあげる作業である。また、DVテープは2本に分かれているので、これを1本化する意味合いもある。いわば単純コピーなのだが、これを終えてやっと納品完了、作品がこちらの手を離れたと言えるわけだ。なお、この段階でさらに3箇所ほどカットし、完成尺は95分弱となる。小林Pがデジタルベータカムのテープを持ち帰るのを確かめて、やっとほっとひと息。あとは27日の発売を待つだけである。
(文中一部敬称略)

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