04 写真よ、さらば?(4月)


昨夜(3/26)はホントにきれいな、まさにまんまるお月さんでした(私の知り合いにも「まんまるさん」という、丸顔がチャームポイントの女優さんがいますが、今回は彼女の話ではありません)。夕焼けがきれいだったり、月がきれいだったり、今の季節だと、たとえば梅や桜が咲いたりすると、「ああ、自然は美しいなあ、すごいなあ」と、素直に感動するまではいいとして、その次の瞬間、ほとんど反射的に、そういった月やら花やらを、写真かビデオに収めようと、カメラを取り出してしまうというのは、どういうことなのでしょうか。
長年映像に関わることをしている者の、悲しい習性としか言いようがありません。その場にある自然の恩寵を、そのまま素直に目で楽しみ、五感で堪能すればよいのに、すぐ、「何かに使えるかも知れないから」と「記録」することに頭が働いてしまう。そうして肝心の、その時にしか味わえない、かけがえのない美しさや薫りを、しっかり体で感じる機会を、自ら奪っているのです。
満月は月に一度だから感激があるのだし、桜も、咲けば一週間と持たずに散ってしまうからこそ美しいのです。それを、その時の見事さを、どうにか画像に残しておこうなんていう根性が、そもそもあさましいというか、いじ汚い乞食根性のように思えます。どんなにいいフレーミングや露出で切り取ったとしても所詮は写真や映像、そんなものは死んだ美であり、本物に遠く及ばないのです。
などと言いつつ、それでもやはり今年も桜が咲けば、その下を通る時、なかば反射的に携帯カメラを向けてしまうのでしょうから、まったく悲しい性(さが)としか言いようがありません。そしてまたこのごろでは、映像関係の仕事についていなくても、そういう「悲しい性」の人種が増えているように思えるのです。たとえば、今や幼稚園や小学校の運動会や学芸会は、さながら父兄による写真&ビデオ撮影会のようで、私も昨年の秋に近くの小学校のそばを通ってびっくりしたのですが、見事なまでに、ほぼすべての親が、ビデオかカメラを構えていて、子供の競技や演技を、「なま」で見ている親がほとんどいないことに驚嘆しました。たしかに、記念の映像を残すのも大切なことかも知れませんが、記録よりも、自分の目でわが子の活躍を直に見、心に「記憶」することの方がもっともっと豊かな行為じゃないのでしょうか。
同じようなことが、旅行なんかでも言えます。私も旅をするとやたらめったら写真を撮る方なので自戒の意味も込めてなのですが、とにかく、ひとつの観光スポットに来ると、まず写真撮影、それも、絵葉書なんかと同じようなアングルで数枚撮って、そしてほんのちょっと見物したふりをしてすぐ次の場所へ、なんていう旅行者が実に多いのには呆れます。去年の夏、恐山に行った時、私はほぼ一日たっぷりあそこを堪能しましたが、あんな見どころ満載のところにさえ、一時間といないで次の場所に行ってしまう団体客がほとんどなのには目を疑いました。彼らは何のために旅行に来ているのでしょう。「そこに行ったという事実」を証明する写真を何枚か撮るためだけに、わざわざ体をその場に持ってきているように思えてなりませんでした。それって、本末転倒じゃないでしょうか。旅行の記念に写真を撮るのじゃなく、写真を撮るために旅行に出かける? それが現代というものなんでしょうか。
デジタルカメラの普及で、もはやフィルムも必要なくなり、人々は前より一層無分別に写真を撮りまくっているようです。たしかに、失敗したデータは消せますし、沢山撮ることで、かけがえのない傑作が生まれるかも知れません。でも、ファインダーや液晶モニターを通してしか、旅や日常の風景をながめることができないというのは、いささか病的ではないでしょうか。そこには、過ぎていく時間をどうにかして形に残そうとする現代人の、やや脅迫的な願望も垣間見えるように思えるのですが…。

オウムの地下鉄サリン事件からこの間(3月20日)でまる10年が過ぎました。この事件については、誰しも、いまだ総括することができません。あの事件に加担した幹部の多くが、私とほぼ同世代の「か弱きエリート」だったことを思うと胸が塞がれる思いですが、それはともかく、彼らは「尊師」とともにインドやチベットなどの聖地を訪ねると、修行も見学もそこそこに、まず写真を撮りまくっていたそうです。そうしてそれを彼らの会報や書籍に載せて、大変な偉業のように喧伝していた…。自身の目で物を見ず、写真や映像の方を「本物」だと思い込むような悪習は、どうやらテレビ世代のわれわれあたりから顕著になっているようです。映像製作に関わって来た人間がこういうことを言うのは自殺行為かも知れませんが、今こそ、もっと「自然」「なま」への回帰が叫ばれていいのではないでしょうか。「もうすぐ咲くであろう桜を、今年はながめるだけにして、一枚も写真には撮るまい」。それが、今月のささやかな自然回帰の決心です。
(2005/03/27)



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