05 追悼 横山光輝(5月)
   〜「マーズ」とイラク問題〜



漫画家の横山光輝氏が亡くなった。自宅の火事で全身にやけどを負った末の逝去だった。

先月はいかりや長介下川辰平両氏の追悼文を書き、今月もまた、というのも気が引けるが、横山氏もやはり70年代に、自分が大きな衝撃を受けた作品の著者であり、彼については何か書かずにおれないのである。そしてまた、彼が亡くなったのは、タイミング悪くイラク人質事件の真っ最中で、テレビも新聞も、例の三人の安否のことばかり、そのためこの偉大な漫画家の死は、意外なほど小さくしか取り上げられなかった。そのことが私としては大いに不本意なのである。何故、手塚治虫藤子・F・不二雄石ノ森章太郎(いずれも故人)らとともに戦後マンガ文化の黄金時代を築きあげ、あれだけ多くの作品を残した漫画家の扱いが、あそこまで小さいのか。人質事件とは別に、きちんと時間や紙面を取って扱うべき出来事ではないか。何か起きるとすぐそれ一色という昨今の報道姿勢には大いに疑問を感じる。たしかに、手塚、石ノ森らと比べると、多作な割に作品が地味だったためかも知れないが、それでも、あまりにタイミングが悪かったとつくづく思ってしまうのである(同じことは、その1日前に自殺が報道された作家の鷺沢萠についても言える。ニュースのない時だったら、もっとマスコミが騒いだはずである)。

横山氏といえば、普通は「鉄人28号」「魔法使いサリー」、そして「三国志」といったところだろうが、特撮ファンの私としては「ジャイアントロボ」「仮面の忍者赤影」の原作者としての印象が強い。しかし、何といっても一番思い出深いのは、中学1年生の時に読んだ「マーズ」だろう。1976年から77年にかけ、1年間「少年チャンピオン」に掲載された「マーズ」は、「地球滅亡もの」の中でも、永井豪「デビルマン」と並んで、長く心に留まる作品であった。まあ、そう感じた当時のファンがかなりいるから、いまだに何度もOVA(オリジナルビデオアニメ)などでリメイクされているのだろう。

「マーズ」を知らない人のために、あらすじを3行で説明しておこう。
「海底火山の噴火の影響で眠りから覚めた謎の少年・マーズは、遠い昔地球にやってきた宇宙人が、地球人の好戦的な性格を恐れ、一定以上地球の科学が発達した時、地球を滅亡させるためにプログラムした無性生殖人間(クローン?)だった。しかし予定より早く目覚めたためにマーズの何かが狂い、彼は人間の側に立ち、パートナーロボット・ガイアーとともに、彼の兄弟ともいうべき6人の無性生殖人間および六神体(ロボット)と壮絶な戦いを繰り広げる…」
やっぱ3行では書き切れなかったが、まあ、そういう前提があって、ロボットとロボットの戦いに突入していくのだが、まず、出てくるガイアーや六神体のデザインが秀逸で、実にときめかされた。横山デザインのロボットは、「バビル2世」ポセイドンなんかもそうだが、人間型でありつつきっちりメカで、泥臭くないという絶妙の線を打ち出していると思う。また、巨大なだるま弁当みたいなウラヌスや、土偶型のシンといった異形ロボのデザインも忘れられない。

しかし、特筆すべきは内容で、中盤まではマーズが人間の側に立って、地球存続のために、それこそ血みどろの戦いを続けるのだが、後半に行くにつれ、空爆で逃げ惑う群集が暴動を起こしたりといった人間のエゴイズムが執拗に描写され、マーズは次第に、人類は存続に値するのか?と疑問を感じるようになっていく。そして最終回、最後の神体ラーを倒した後、暴徒と化した群集に袋叩きに遭ったマーズは、ついに正気(?)に戻り、
「ドウシテ僕ハ、コノ生キ物ヲ守ロウトシタノダ」
とつぶやいて、ガイアーに爆破命令を出す。ガイアーの体には超高性能爆弾が搭載されており、一瞬で地球は消滅する。ラストは広大な宇宙空間に「数知れない惑星のうちのひとつが、その歴史に幕を下ろした…」という語りがかぶるだけのそっけなさ。あの読後の空虚感は何とも言えない。この作品は毎週「チャンピオン」を買ってリアルタイムで読んでいたのだが、その途中に私の父が脳梗塞で倒れ、話の展開が重苦しくなるのと交錯するように、父の病状もシリアスになっていったというのもあり、「マーズ」と言えば、ある種私の暗かった思春期の象徴みたいな作品になっているのである。

ストーリー的には、その数年前に「少年マガジン」に連載されていた「デビルマン」とほぼ同じで、人類は敵側の攻撃で追い詰められるにつれ疑心暗鬼に陥り、仲間うちで醜い争いを繰り広げ、主人公はそんな人類を見切ってしまうという、ヒーローものにとってはいわば反則パターン。そしてラストが人類そのものの滅亡で終わり、すべて「身から出たサビ」として何の救済も用意していない点も同じである(同様の人類滅亡作品に手塚治虫の「火の鳥・未来編」があるが、ヒューマニスト手塚は、復活の可能性を示唆して話を終わらせており、その辺の態度が根本的に異なる)。描写の過激さや予期せぬ展開で読者をぐいぐい引っ張るパワーにおいては「デビルマン」がはるかに勝っていたと今でも思うし、したがって、小学4年生の時に「デビルマン」の洗礼を受けた者としては、「マーズ」のラストにそれほどの衝撃はなく、ああ、またこのパターンか、という程度の印象だった。また「デビルマン」には、不動明牧村美樹の恋愛、明に対する飛鳥了の執心といった感情が盛り込まれていたのに対し、マーズにはそういった描写がほとんどなく、彼が終始孤独であったことも、物語を物足りないものにしていたと思う。どうも、横山光輝作品は全体に、ストーリー展開がきわめて緻密で魅力的な反面、キャラクターや感情の描きこみに対して、やや淡白だった気がするのだが…(その辺が地味と言われる所以か??)。

と、こう書いてくると、「マーズ」って大したことないじゃん、という話で終わってしまいそうのだが、実はこの作品は、すべてをバロック風(?)に描いた「デビルマン」と異なり、有事に対する日本の国防といった問題が、少年誌連載ものとは思えぬくらいきっちり描かれている点、大いに注目に値いするのである。イラク問題等の影響で、今でこそ防衛庁長官といえばあの人で、官房長官といえばああ、あの人か、とすぐわかるが、この作品の発表当時、その辺の面々が一般の顔なじみということはなかった。にもかかわらず「マーズ」には、首相のみならず防衛庁長官官房長官などもきっちり登場しているのである。マーズ周辺の調査委員会の報告を受けたり、東京が空爆された後の記者会見に臨むのは官房長官、マーズは危険だからと核シェルター付き施設に隔離し、自衛隊の特殊班にガイアーの解体を命じるのは防衛庁長官、といった具合である(このあたりの具体的な描写は、パッションだけで描ききった「デビルマン」では見られぬリアリティといっていい)。そして双方とも、有事の最終判断は首相にあおぐのだが、その首相がまた何とも当てにならない人物で「よきにはからえ」と周囲に丸投げ。責任を取りたくないのが見え見えなのである(この辺も先読みが鋭い?)。結局彼ら無能な指導者たちは、「お前たちがいなくなればこの国はますます混乱を深める」という理由で、神体ラーに首相官邸に体当たりされて全員惨殺されてしまうのだが、そうなる前から東京の街はすでに十分混乱しており、国民を守るはずの自衛隊は、暴徒と化したとはいえ丸腰の一般市民を発砲し殺害、その光景を見て息を呑むマーズに向かって司令官は、「ああいう凶暴化した輩は、どさくさにまぎれて何をしでかすかわかりません」と言い放つ。非常時には、政治的判断は置き去りにされ、現場が暴走する危険性がある、というこのあたりの描写は、今読み返してみると、絵空事ではない気がして背筋が寒くなる。

また、人類擁護に傾くマーズに対し、ラーが説く言葉も印象深い。
「地球人は場所や環境によって悪鬼に早変わりする。(大量虐殺事件などの)残忍行為は数えれば切りがないほどあるんだ。そういうことを平気でやってきた連中が、一度故郷に戻ると、よき市民、よき父親に早変わりしてしまう。マーズ、しっかりしろ。うわべだけでだまされるな」
と。先日新聞の連載で、戦中派のやなせたかし氏(「アンパンマン」の原作者)がまったく同じことを書いていたのがきわめて印象的だった。
「戦争は狂気です。なんでもない普通の温厚な人物が狂ってしまう。隠れていた獣性が剥きだしになる。誰でもジキルとハイドの二重人格を持っており、平素はそれが抑制されているだけです。(中略)ぼくは、軍隊を増強している国はすべて信用できません。平和の為の戦争なんて、そんなのは幻想ですよ」(2004年4月20日東京新聞夕刊「この道」より)

自衛隊がイラクに派遣され、あれはもはや軍隊なんだから憲法を改正するべきだ、と短絡かつヒステリックな議論が巻き起こっているが、それを支持する大多数が戦争を知らない世代であるというのはどういうことなのだろう。実際に野戦重砲兵として中国に従軍した経験を持つやなせ氏は力を込める。
「一度でも戦争を体験した人は、全員心の底から反戦主義者になると思います」
69歳で死去した横山氏も、動員はされてはいないが戦争を体験した世代。「マーズ」という作品に何を託したかったのだろう。「バビル2世」と同じく、超能力を持つ少年がロボットを使って敵と対決する、という娯楽作品的設定で始まったはずの「マーズ」が、「人類はこのままでは滅びるしかない」というペシミスティックなラストに行き着いたのは、まさに現代のこの危機的状況を見据えてのことだったのではないか、と、つい深読みをしてしまうのである。

こうした、まさに今改めて読むに値いする作品を我々に残して旅立った、優れた漫画家の訃報が、イラク事件のどさくさに紛れ、影に隠れてしまうというのは、何という皮肉であろうか。こんなことが続くうち、戦火はもはや、対岸のことでなくなりつつあるのかも知れない。
「地球人こそ、宇宙で一番危険な動物なんだ。マーズ、早くそれに気づけ、正常に戻れ…
激闘のあとにそう言い残し、息絶えるラー。果たして、今真に正常に戻るべきは誰なのだろう?
(2004/04/27)


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