今回のお客様は、シンガーソングライターのるりさん。5月25日に新しいCDと絵本が発売になったばかり。実は館主が初めて手がけた声のドラマ「水のほとり」を収録したのと同じスタジオで、るりさんのCDも製作されていたのだ。しかもそのドラマの主役は「流離(るり)王」。何とも不思議なご縁じゃあ〜りませんか。てなわけで、中央線の歌姫、アナクロ人間、などの異名を持ち、詩、曲、歌唱から作画までこなすマルチ・クリエイターの不思議ワールドに、タクラマ館主がぐりぐりと迫りますぞ!
館主 いきなりの質問なんですが、「るり」さんていうのはご本名ですか? るり はい、そうです。父が浅丘ルリ子ファンだったようです。 館主 そうだったんですか。たしかに、あの時代(1970年代)って、「仮面ライダー」の緑川ルリ子とか「タイガーマスク」の若月ルリ子とか、結構浅丘ルリ子から派生した名前がはやりましたよねえ。じゃあ、もともとはカタカナ? るり はい… 館主 それをひらがなにしたのは? るり 私うずまき模様が好きなので…、多分、ちいちゃいころに「よくできました」の花まるをもらった時の記憶が関係してるのか知らないんですけど、それで、うずまきを書くのに、「ル」より「る」の方がしっくり来たんで…。 館主 それもすごい理由だ。 ![]() るり うちの犬も、名前が「うずまきまさお」なんですよ。お尻にうずまきが2つあるので。 館主 お尻に? うーん、見たことないんでよくわかんないけど、つむじみたいなもんなんでしょうか(注:るりさんのHPの日記には、うずまきまさおこと「まっくん」がよく登場しています)。さて、るりさんといえば、今や中央線系(?)のシンガーソングライターという異名がありますが、もともとこっちにいた方ではないですよねえ。 るり はい…。 館主 でも、HPのプロフィールを見ても出身とか経歴とか書いてないし、いきなり2002年のデビューから始まってるじゃないですか。「おいおい、それまでどこで何やってたんだ??」と誰しも突っ込みを入れたくなるところなんですが…。その辺は全面的にシークレットなんでしょうか? るり そうですねえ…。うーん、それまでの自分が好きじゃないんですよ。がんばりたいと思うものがなくてフラフラ流されて生きてたので…。 ![]() 館主 東京に出て来たのは、やっぱり音楽をやるために? るり いえ、全然そういうんじゃなかったですね。フラフラしてる自分に嫌気がさしてきて、全然行ったことない違う場所に行けば変われるような気がして…。上京してなかったら心がひん曲がってたかも。 館主 じゃあ、志を持って「上京」したというよりは、「家出」に近かった? るり そうかも知れません。車(ワゴンR)に荷物を詰め込んでこっちに来たんですけど、最初の1ヶ月は住むところもなくて、甲州街道に車を停めて、その中で寝起きして、ルンペン生活をしてました。 館主 すごいなあ。ルンペンという言葉も久々に聞いたような…。でも何で甲州街道に?(注:それと関係あるかは微妙だが、彼女は2ndアルバム「るり式」でRCサクセションの名曲「甲州街道はもう秋なのさ」をカバーしている) るり タクシーの運ちゃんたちが車を停めて休憩してて、安全そうに見えたんです。 館主 そうなのかなあ。まあ、危ない目に遭わなかったから今こうしてぴんぴんしてるんだろうけど。でも、かなり無謀な上京ですよね。 るり とにかくその時は、自分をとりまいているものたちから逃げ出したかったんだと思います。 館主 その辺の気持ちって、1stアルバムの「ボクノホシ」の詩にかなり強烈に現れているんじゃないですか? るり ああ、そうなのかなあ。そうかも知れないですね。 ![]() ![]() ACT2 唄ウタイ、るりノ誕生マデ 館主 じゃあ、とにかく壊れる前に新天地を求めて東京にやって来たと。でもいつまでも路上生活ってわけもいかないですよね。 るり それで、代々木の喫茶店でアルバイトを始めるんですけど、そのお店で、敷金礼金なしのアパートを紹介してもらって、やっと住む場所が決まって…。 館主 やっと中央線を居住区に定めたわけですな。その後、どうやって音楽に目覚めたのかがすごく気になるとこなんですが。 るり こっちで出来た友だちの彼氏が、ある時カラオケで「神田川」(かぐや姫)を歌ってくれたんですよ。それを聞いて、すごくショックを受けたんです。 館主 それは、どういう意味で? るり そのころに流行ってた打ち込み系やダンス系の歌って自分に全然しっくり来なくて、でも回りに合わせて聞いたり歌ったりしてたんですけど、「神田川」を聞いて、あー、こういう歌を歌ってもいいんだ、って気がついたんです。それまでは、過去を振り返ることを思いつかなかったというか、「今」を生きるしかないと思ってたんですね。それが「神田川」と出会って、「昔を見てもいいんだ」「未来ばっかり見てなくていいんだ」って…、すごく楽になりましたね。 館主 私はかぐや姫世代の少し後なんですけど、1978年の復活コンサートを横浜スタジアムまで観に行ってるクチですし、それこそ「神田川」も中学の文化祭のコンサートで演奏してますし、私にとってもかなり思い入れがある曲です。でも、あれってすごくスタンダードナンバーでしょ。それまでも、どっかで聞いたことがあったと思うんですけど。 るり いやあ、ほんと、あのカラオケで聞くまではまったく聞いたことがなくって。70年代フォークっていうものの存在自体、その時まで知らなかったんです。 館主 じゃあ、鎖国をやめた日本に急激な文明開化が訪れたようなカルチャーショックだったわけですか。 るり そうですね、「神田川」をきっかけに古いレコードとか古本とか、古い映画とかに一気にはまって…。 館主 でも、それが今から4年前くらいだとすると、ちょうど20世紀から21世紀になって、20世紀の出来事が急に「過去」になって、それと同時にレトロブームが本格化した時なんですよね。やっと安心して昭和を懐古できるようになったというか。 るり それで70年代抒情フォークにはまっていくうちに、自分の歌を作りたくなってデモテープを作るようになりました。 館主 そうなんだ。じゃあギターはわりと最近始めたわけですね。 るり ピアノは小さいころ習ってたんですが、ギターは上京して住む場所が見つかってからです。アパートでギター弾いて、怒られてしまったことも何度かあります。弾き語り友達の女の子が住んでたアパートは、みんな音楽をやってる人達ばかりで、弾き語り練習してたら、別の部屋で、それに合わせてアコーディオン弾いてくれたり、サックスの音も鳴り出して、アパートセッションが始まると言ってました。怒られなくて羨ましかったです。 館主 でも、それでもう4枚もアルバムを出してるんだから大変な成長ぶりというか、恐れを知らないというか…。 るり アルバムを出すかなり前、ギターもほとんど弾けず、持ち歌も2〜3曲くらいしかない時に、吉祥寺でライブをやったりもしましたよ。本当に恐れ知らずです。 ![]() 館主 曲を作る時は詩とメロディー、どっちが先ですか。 るり 「詩」です。絶対、詩。コトバリズムっていうのか、言葉が決まってからでないと曲が出てこないです。逆でやろうとすると、頭がいたなってくる〜(思わず関西弁が…)。 館主 じゃあまず詩を書いて、それにメロディーを乗せるわけですね。作曲はギターで? るり いえ、メロディーは、ちっちゃいおもちゃみたいなキーボードで。それで単音のメロを作って、その後にギターでコードをつけるっていうやり方です。でも、今は小さいキーボードは卒業して、ロールピアノという平べったいピアノを布団の上に広げて作ってます。楽しい〜。 館主 フォークの人って昔からギター弾きながら、コードに乗せてメロを作るパターンが多いと思うんですけど、ちょっとイレギュラーですよね。ピアノを習ってたわけだから、和音もピアノでつければいいのに。 るり いやあ、やっぱりコードはギターで叙情的に…。ていうのと、ギターだとあまり難しいコードが押さえられないので、自分のできるコード限定でって考えるとギターでつけた方が都合がいいんです。 館主 なるほど(苦笑)、そういう事情もあるわけですね。 ACT3 ソシテキミハ物語ルヒトニナル 館主 最初のアルバム「セツナカゲロウ」が2002年1月、3年ちょっと前のリリースです。以来、ほぼ年に1枚の割合でアルバムを発表され、「キミの中に〜」が4枚目。私、今回お話しを聞くためにアルバムを最初から改めて聞き直してみたんです。やっぱり、かなり、変わってきてますよねえ。世界観というか全体の色彩というか…。 るり ああ、そうかも知れませんね。自分じゃ意識してないんですけど…。 館主 1st「セツナカゲロウ」は、森田童子を彷彿とさせるマイナーコード曲のオンパレードで、詩の内容もかなり切羽詰っていますよね。さっきの「ボクノホシ」は逃避願望丸出しだし、他にも母子家庭を歌った「ママ」とか、出口を求めてさまよう「徘徊」とか…。今いる場所は本当の自分の場所じゃない、みたいな歌が多くて、かなり自閉的。 るり 「セツナカゲロウ」は、CD発売が決まる以前に出来てた曲たちで、ちょうどこの頃、人と逢いたくない病にかかった時期があり、アパートに一人こもって作ってました。なので自然にそういう自分が出てしまったんでしょうね。森田童子、私もレコード持ってます。 館主 でも、ぼくも森田童子はこれまたコンサートに行くほどはまったクチなんだけど(こればっかり)、森田童子の曲の方がずっとシンプルなんですよね。曲の構成とかサビのメロディーとか。るりさんの曲は、さすがに80年代、90年代の音楽を通過してきているから、どっか、あの時代のもののレプリカとは違いますよね。あと、詩の内容も、童子は「安全カミソリがボクの手首を…」とか「ボクはやさしく発狂する」とか、かなり直接的でエグイ単語が並んでいるんだけど、るりさんのはもう少しオブラートにくるんだ表現で。 るり そうですね、自分ではそこまでは行き切れないというか…。それは、自分が生きてきた、それまでのいろいろがさせることだと思うので、思いつくままというか…、成り行きに任せるようにしてます。成り行きに任せてると想像してなかった言葉とか出てきてたりして、たまに自分でもびっくりします。 館主 私は個人的にはこのアルバムが一番のお気に入りで、家でもよく聞いています。多分るりさんのそういう切羽詰ってもがいている感じが素直に出ているから、とりわけ愛しく感じられるんだと思うんですが、その一方で、暗いとか救いがないとか、ある種ネガティヴに受け取る人もいるかも知れません。そういうことを考えながら次の「浪漫ノイローゼ」を聴いてみると、ちょっと世界観が変わってるんですよね。特にそれを感じたのが「西荻メリイ」。こういうアップテンポの歌って1stじゃあ考えられなかったじゃないですか。 るり ああ、「西荻メリイ」。たしかにねえ。 館主 あの中で「哀しみなんてさ 笑ってしまおう」ていう歌詞がありますよね。あれを聴いて、あ、るりさんの中で何か変わったんじゃないか、という気はしました。 ![]() るり あのころは、そうですねえ、自閉的なものがそろそろ辛くなってきた時期でしたね。だから、アップテンポの曲がしっくりきはじめてて、でも、「桃雪」みたいな叙情的なフォークも好きだったし、そういう意味では中間期かも知れません。70年代のフォークに憧れつつ、自分の世界を生み出して行きたい、みたいなことを漠然と考えてたんだと思います。あの時代のものは大好きだけど、過去にばかりこだわっていてもなあ、自分も何か発信していかないとなあ、って。 館主 なるほど。一度とことんレトロに走ったら、また未来に目が行くってことなんでしょうか。元来は結構前向きな人なんでしょうね。でもって最新アルバムですが、これはさらに前向きになってて、実は7曲目の「オレンジピエロ」は私のDVD「実験室」のメイキングのエンディング曲として使わせていただいているんですが、とにかく、「メイキングのエンディング」にふさわしいくらいのなごやか元気出る系の曲なんですよ。この突き抜けっぷりはすごいというか。 るり いやあ、どうなんでしょうか。 館主 この曲には、「別世界を夢見て薬づけの少年がいる、でも自分の顔を見れば自殺をやめてくれるかな?」みたいな詩が出てきますよね。最初のアルバムでは、自分が下手すると自殺願望の少年側だったわけでしょ。それが数年で救済する側に回るってのが…。 るり たしかに、書いてる内容は変わってきてますよね。 館主 「鉄人ライダー」なんかも、「鉄人28号」プラス「仮面ライダー」みたいなパロディヒーローソングかと思いきや、エコロジー精神に溢れた人助け、地球助けソングで、何でこんな急にボランティア精神に目覚めたの?みたいな。 るり ボランティア精神〜? なのかはわかんないですけど、たしかに最初のアルバムのころは、自分が立ってるだけで精いっぱいだったのです。 館主 そういう意味じゃ、今は他人の存在をきちんと受け止められるようになったということですか? るり そうですね。たとえば、ライブにしても、前はひとりで弾き語りでっていう選択しかなかったし、それが心地よかったんです。でも今は演奏してくれる人がいて、るり世界に違う風が吹き出して、一人で唄ってるだけじゃ味わえない発見とか体感とかが心地よいんです。 館主 そうなんだ。人間て、日々同じじゃありませんね。わかりきったことだけど、るりさんの作品の変遷を間の当たりにしながらお話を聞くと、しみじみそれを思います。 るり でも、自分の中でも正直葛藤があって、大嶋さんのご指摘のように、1枚目と3枚目って、ほんとに世界観が違うじゃないですか。だから、最初の方のアルバムを気にいってくれてるリスナーさんが、今回のアルバムを受け入れてくれるかなって…。 館主 うーーーーーーーーん。これは、結構重たい話ですよね。私もさっき、最初のアルバムがお気に入りと言ってしまった人間ですし、たしかに、70年代フォークを愛好するファンは、どちらかというと初期のるりさんの曲を心地よく聴くであろうとは思います。でも、それはノスタルジーなのであって、作り手本人が違う地平を目指しているのであれば、そっちに向かうべきではないかと。 るり ありがとお。やっぱりその時に自分が本当に作りたいものにしか情熱を傾けられなくて。もちろん無理をすれば、「セツナカゲロウ」のような曲たちが出来るとは思うんですけど、本当の思いじゃないから嘘になるし…きっと後で、絶対後悔しちゃう。そういうことは、やりたくない、かな。 館主 「それでいいのだ」(バカボンのパパ風)。ファンサービスというのも大事なのかも知れないけど、作り手はシンプルに、自分のありのままで勝負するのが最善だと思いますよ。それで支持する人が入れ替わっていくのは致し方のないことでしょう。じゃあ、今回のアルバムについては、かなり自分のやりたいことがやれた、と? るり そうですね。アルバムと絵本の同時リリースっていう形は、前から実現させたかったことなんです。最初に詩というか、物語があって、そこから画が生まれて、曲が出来て、…ていう展開です。 館主 たしかに、今回は心象風景的な「詩」というより「物語」の要素が大きくなっていると思いましたが、今後しばらくはこの方向性で? るり はい。物語ていうか、寓話ですね。グリム童話みたいな、ちょっと怖いような…。それを詩と絵と曲で表現して…。大嶋さんは今度のアルバムは明るいとおっしゃいますけど、決してそれだけじゃないんですよー。「アメイモ」は摂食障害の話ですし、「茜鳥」だって…。 館主 あ、そうか。たしかに。「茜鳥」は、よく読むと怖い、絵もかなり怖いけど。これってどう見ても、例の監禁王子こと小林容疑者の事件そのものですよね。「キミが逃げ出さないようにキミの羽根を切り刻んだ」なんていうフレーズがあるけど、例の事件でも、女の子が逃げられないように、ボロボロの破れたような服を着せてたらしいですから。 るり えー、そうなんや〜(とまた関西弁が)。 ![]() ![]() 館主 絵の話で言えば、1stアルバムから一環してジャケットに自作イラストをつけてますよね。この画風も1作ごとに大きく変化していて、最近のクオリティの向上には目を見張るものがありますが、絵も当然自己流ですよねえ。 るり そうなんですよ。でも、去年は冬眠中(充電中)だったので、ずいぶんいろんな展覧会や画廊を観に行きました。 館主 なるほど。それにしても突発的に始めて、音楽と絵の両方でここまで来てしまうっていうのはすごいですよ。最後に、これからの活動予定なんかを。 るり 「キミの中に棲む虫」発売記念の中央線沿線巡回画廊を9月2日までやってます。秋にはライブもやりたいと思っています。 館主 ライブは、どういった感じで? るり 内緒。どういう形であれ、中心にあるのは物語なので。それをきちんと伝えられるようなものができたらいいと思います。 館主 私は生でるりさんの歌を聴いたことがまだ一度もないからなあ。かなり楽しみにしていますよ。今日はどうもありがとうございました。 るり ありがとうございました。 ![]() ![]() 5/14〜25 中野「タコシェ」 5/27〜31 荻窪「ひなぎく」 6/7〜19 高円寺「ハティフナット」 6/21〜7/3 阿佐ヶ谷「夜の午睡」 7/6〜19 新宿「トップスの書斎ユイット」 7/21〜8/2 吉祥寺「にじ画廊」 8/7〜9/2 西荻窪「二ヒル牛」 ※巡回画廊はすべて終了しました ![]() るりさんとお会いしたのは5月中旬のある日。午後2時に事務所を訪ねて、まず写真を撮り、それから1時間半インタビュー、でもそれで話は終わらず、巡回画廊の開催場所である荻窪の「ひなぎく」、そして駅前の居酒屋と場所を移しつつ、えんえん11時近くまで歓談は続いたのでした。彼女の独特のほんわりした語り、その持ち味が、このインタビューでどこまで再現できたか、まったく心もとないところですが、彼女には、ひとつの世界がある、というのはまぎれもない事実で、要するに、詩も物語も絵も音楽も、「るり」という要素を表現するための手段なのです。だからアーティストと呼ぶしかない、ということです。 血液型の話は嫌がる人もいるので、このHPでも一切話題にあげていなかったのですが、やっぱB型は根っからのクリエイター体質!るりさんを見ていてそれを再確認しました。ちなみに映画の監督なんかもB型が多いようです。私も一応B型です。でも社会では嫌われるらしいB型…。 (2005/06/01) アーカイブへ トップページへ |